#  404

小菅優ピアノリサイタル
2012年2月7日(日) @紀尾井ホール
Reported by 丘山万里子
Photos by 林 喜代種

演奏:小菅優

曲目:ピアノソナタ第9番ホ長調Op.14-1
    第10 番ト長調Op.14-2
    第27番ホ短調Op.90
    第13番変ホ長調Op.27-1
    第14番嬰ハ短調Op.27-2「月光」

 ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ(全8回)の第3回である。1983年生まれで、93年よりヨーロッパ在住。コンクールとは無縁で、9歳よりリサイタルを開き、2005年にNYのカーネギーホールでデビュー。室内楽でも活躍している若手のホープである。今回は「愛」がテーマであるとのこと。『ソナタ第9番』『第10 番』『第27番』『第13番』『第14番』が並んだ。
 ベートーヴェンに真摯に向き合い、ある時は決然と、あるときは愛おしむように、ピアノと一体になって、弾き進む。彼女の様々な打鍵によって、ピアノそのものが生き物のように踊りだすようであったり、しなやかに身をよじるようであったり、息を潜めてひそやかにささやくようであったり。
 現在の彼女を象徴しているのは、もっともポピュラーな『第14番月光』であったと思う。第1楽章を徹底的なpとpppで弾き切ったが、ほとんど音の気配だけ、といった佇まいで、触れるか触れないかのぎりぎりの線で歌う。今回のソナタ群でもひときわ集中力の必要な楽章で、流れる夜霧のようなほのかな抒情を伝える。惜しむらくは、内声がpppに傾くあまり、音がほとんど消えてしまうシーンもあり、息の長い弱奏をどうつなげてゆくか、といったあたりに、彼女の今後の課題が感じられる。続く第2楽章は軽やかなアレグレットで、本来のみずみずしい弾力がはじけた。圧巻は終楽章のプレスト・アジタートで、ピアノに躍りかかるように挑発的なアッチェルランドをかける。音を追い込んでゆくその逞しい推進力は、他のソナタから頭一つ抜きん出ており、鍵盤に叩き付けるフォルティシモに、ピアノは轟々と鳴りわたる。まさに修羅の如くで、当夜を締めくくった。
 さて、テーマの「愛」であるが。確かにそこにはベートーヴェンのさまざまな愛の形が示されていたと思う。例えば自然への愛。ウィーン郊外にあるベートーヴェンの小道を彼が歩くように、彼女は弾いた。ときにはたっぷりした陽光の中で快活に、ときには、さらさら流れる小川が、突然岩にくだけて、急流となり、しぶきが飛散するように。とりわけ『第27番』ではそうした自然の姿が十全に示される。あるいは『第10番』第2楽章で見せたギャロップを思わせる弾んだ歩調は、若草の萌えるなかを若駒が行く風情で、第3楽章はその疾駆に、ある種のドライブ感がかかり爽快きわまりない。『ソナタ第27番』の第2楽章は、のちのシューベルトにつながるようなカンタービレに「恋人との対話」と語ったとされる愛の憧憬が満ちあふれた。『月光』での終楽章も、愛の激情と言えようか。そうそう、『ソナタ第13番』の第2楽章、後打の打鍵と快速がどことなくジャジーであったのも、彼女ならではの味だろう。
 全曲にわたって、左手が良く歌い右手をサポート。またコードをかっきりと鳴らし、要所要所を引き締め、豊潤な感性をそこここにちりばめつつ、見事なテクニックを披露する。後に続くシリーズでの『ワルトシュタイン』『告別』『熱情』などがどう弾かれるか、楽しみである。
 ちなみに彼女のベートーヴェンのディスクは、今号のレビューでも取り上げられている。  









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