#  408

東京二期会オペラ劇場 ヴェルディ「ナブッコ」
2012年2月18日 @東京文化会館大ホール
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林喜代種

指揮:アンドレア・バッティストーニ
演出:ダニエレ・アバド
美術:ルイージ・ペレーゴ
照明:ヴァレリオ・アルフィエーリ
合唱指揮:佐藤 宏

キャスト(Wキャストの2日目)

ナブッコ:青山 貴
イズマエーレ:今尾 滋
ザッカーリア:斉木健詞
アビガイッレ:岡田昌子
フェネーナ:清水華澄

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 若きヴェルディの3作目のオペラにして、出世作となった作品。1842年、ヴェルディ28歳のときにミラノ・スカラ座で初演され、聴衆の熱狂的な支持を得て、再演に再演を重ねた。旧約聖書の物語に題材をとった作品で、バビロニアとの戦いに破れ、敵国で虜囚の民となったヘブライ人の悲劇と、自由を求める彼らの悲痛な叫びが、折しも盛り上がりつつあったイタリア統一のリソルジメント運動の気運と重なって共感を呼び、特に第3部の合唱曲『行け、わが思いよ、金色の翼にのって』は、イタリアの民衆の爆発的な支持を受けて、長く歌い継がれたとされる作品である(ただし、プログラムに掲載された香原斗志氏の論考を読むと、この「愛国オペラ」のイメージは多分に「伝説」の色合いが濃いようだ)。巨匠ヴェルディの代表作の1つであるとはいえ、さほど上演の機会がないのは、やはり若書きの作品ゆえにヴェルディらしい音楽がまだ影をひそめていること、ドラマ(台本)として出来が良いとは言えないこと、旧約聖書の物語が特に日本人にはなじみにくいものであることなど、理由はいくつか挙げられよう。

 舞台は、紀元前587年のエルサレム。侵攻してくるバビロニア軍(王ナブッコとその長女アビガイッレ)に対して、ヘブライ人は大祭司ザッカーリアや王の甥イズマエーレを指導者として立ち向かう。敗色濃いヘブライ人の最後の切り札は、以前から人質として捕らえていた、バビロニア王の次女フェネーナ。彼女を盾にバビロニア軍を追い払おうとするが、あろうことか、以前からフェネーナと恋仲になっていたイズマエーレが彼女を逃がしてしまう。ついにエルサレムは陥落、ヘブライ人たちはバビロニアに虜囚として連行される。
 バビロニア王の宮殿。長女アビガイッレは偶然見つけた古い文書で、自分が実は王ナブッコの娘ではなく奴隷の出であることを知る。逆に王位への野心をかきたてられたアビガイッレは策略によりナブッコから王冠を奪い、王の実の娘フェネーナ(イズマエーレとの仲からヘブライ人の神へと改宗していた)に死刑を宣告する。
 幽閉されたナブッコは一時錯乱状態になるが、フェネーナがいよいよ死刑になることを知って正気を取り戻し、軍を率いて救出に向かう。彼女を無事救出したナブッコはバビロニアの神への信仰を捨て、ヘブライの神ヤハウェに帰依することを決意。ヘブライ人たちがナブッコの決断を讃え、ヤハウェを賛美するなか、追いつめられたアビガイッレは毒を仰ぎ、息絶える。

 この公演では、まず何よりも指揮のアンドレア・バッティストーニが出色の存在感であった。1987年生まれ、まだ20代半ばの若さ。エネルギッシュできびきびとした大きなアクションで、オケと歌手・合唱をリードしていく。その指揮姿を眺めているだけで退屈しない。聴衆の拍手喝采は、歌手たちをしのいでひときわ大きいもので、人気の高さをうかがわせた。他の演目で彼がどのような音楽づくりをするのか興味津々、ぜひ近いうちにまた演奏を聞かせてほしいものだ。
 歌手では、ナブッコの青木貴(バリトン)が素晴らしかった。声の質、声量、豊かな感情を声にのせ身体で表現する技術、聴衆に訴えかける力……非常にバランスのとれた歌手であると思う。ザッカーリア(バス)の斉木健詞も、なによりもまずその豊潤な声に驚いた。幕開けの登場シーンはひときわ素晴らしく、民衆を統率する大祭司の圧倒的な威厳を十二分に表現していた。アビガイッレ(ソプラノ)はナブッコに匹敵する劇的な役どころ。岡田昌子が健闘し、美しい舞台姿もあいまって大きな存在感を示した。
 美術そして照明も、終始、暗めではあったが非常に印象的。

 力のこもった公演だったが、疑問符のつくところもあった。演出と衣装、そして字幕である。
 たとえば演出では、バビロニア軍とイスラエル軍が戦いを繰り広げる第1部。なぜか敵将アビガイッレがたった1人、ヘブライ人の集団のなかに現れ、長々とイズマエーレとフェニーナを相手に恋の鞘当てを展開する。筋書きにそもそも無理があるとはいえ、勝つか負けるかの緊迫感は一体どこへ? 第2部以降、バビロニアの宮廷の人々と虜囚のヘブライ人たちがいつも同じ舞台に並んでいる意味、白いドレスの少女たちが何を象徴しているか、など、演出意図がクリアに伝わってこなかった。現代の洋装と古代の長衣を混在させた衣装も、今ひとつ。
 もう一つの不満は字幕。旧約聖書に親しんでいる人(ユダヤ教だけでなく、キリスト教にとっても旧約は周知の聖書である)にとっては、これは実にシンプルでわかりやすい物語だ。初演時の熱狂的な支持はおそらく、この筋書きの与えたインパクトが大きかったからに違いない。しかし日本人がこの物語の含意を理解するにはかなり高いハードルがあるのは確かだ。台本を逐語訳するのではなく、思い切った省略や意訳をして、物語の大きな流れを観客に示してみせる工夫が必要だったのでは。聖書に詳しい識者の監修を受け、新共同訳による定訳を当てはめられるといった配慮もほしいと感じた。
 字幕の問題は、この公演に限らずしばしば直面する。映画の世界では、字幕は文学の一表現として、専門家たちが苦労を重ねてきた伝統がある。それに比して、オペラ公演の字幕はいまだ発展途上の感を改めて強くした。  











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