#  409

トリフォニーホール・バッハ・フェスティバル2012
2012年2月18 日、19日 @すみだトリフォニーホール
Reported by 丘山万里子
Photos by 林喜代種(第1日目の演奏のみ)

演奏:
 Vl、Cond/レイチェル・ポッジャー
 Vc/A・マクギリヴレイ
 Chem/ディエゴ・アレス
 ブレコン・バロック(ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1、ヴィオローネ1、チェンバロ1)

曲目:
<第1日>
 ゴルトベルク変奏曲
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調BWV1003
 無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007
 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番BWV1004

<第2日>
 ヴァイオリン協奏曲ト短調BWV1056
 ヴァイオリン協奏曲ニ長調BWV1053
 3つのヴァイオリンのための協奏曲ヘ長調TWV53.F1(テレマン)
 ヴァイオリン協奏曲ホ長調BWV1042
アンコール:2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043第2楽章

 バロック・ヴァイオリンの名手レイチェル・ポッジャー(英国生まれ)を中心に2日間にわたって行われたバッハ・フェスティバル。朝11時から夜の8時すぎまでコンサートが全7回、いわば一日中バッハ漬けになるフェスティバルである。ポッジャーによる無伴奏ヴァイオリン・ソナタ3曲、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ3曲、彼女の手兵ブレコン・バロックとのヴァイオリン協奏曲が5曲、チェンバロ協奏曲1曲、さらに無伴奏チェロ組曲が3曲、これにテレマン「3つのヴァイオリンのための協奏曲」、チェンバロのディエゴ・アレス(スペイン生まれ)の 「ゴルトベルク変奏曲」が入るという豪華版である。
 筆者が聴いたのは、第1日目の「ゴルトベルク変奏曲」「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番」「無伴奏パルティータ第2番」「無伴奏チェロ・ソナタ第1番」、2日目の最後を飾る「ヴァイオリン協奏曲ト短調」「ニ長調」「ホ長調」とテレマン「三つのヴァイオリンのための協奏曲へ長調」である。どれも1時間半ほどのマラソン・コンサートで、午前と午後、午後から夜のコンサートまでにはそれぞれ1時間余の休憩が入り、ちょっとした食事ができるよう配慮されている。したがって、聴き疲れる、ということもない。
 まず、ゴルトベルクは実にスリリングだった。黒のカジュアルなタートル姿で現れたアレスは実に楽しげに楽器に向かう。楽器は16〜17世紀に多くの名器を残したルッカース一族のチェンバロをモデルとした2段鍵盤のもので、その優雅な姿にまずうっとりさせられる。32の変奏曲はシンメトリーの形になっているが、それをくっきりと描き出し、レジスター(ストップ)の変化(レジストレーション)によって、多様な表情を見せる。ときに高音がガラスの透明な鈴を振るようであったり、低音がしっかりと腰を据えて響き渡ったり、左右の手の交差がめまぐるしく動いたり。その変幻自在さは、まるで万華鏡を見るようだった。途中、レジスターを操作したあと、変奏を間違えるというアクシデントがあったが、「失礼」とひとこと言って、なにも無かったように弾き続けたあたり、大物である。スリリング、というのは、そんなことではなく、次々繰り出される変奏が、鮮やかな音色の変化とともに未知の姿で展開されるのにドキドキする、という意味。近代ピアノのゴルトベルクを聴き慣れた耳には実に新鮮だった。
 ゴルトベルクは小ホールで行われたが、次のポッジャーのヴァイオリンは大ホール。聴衆がぞろぞろと移動する。彼女のヴァイオリンの特徴は、しなやかな弓使いによって、古楽器にありがちな擦音が全くないこと。いわゆる古色蒼然ではなく、どこまでも流麗なバッハで一切の力みがない。人肌の温もり、と言ったらよいか。深く温かな音色で、「第2番」のアレグロでもその音色を失うことなく、微細な粒子のように細かい音の連珠を快速で弾き上げる。細部の一つ一つの音にまで血が通う演奏で、思わず巧い!と唸らせるのであった。
 「パルティータ」ではやはり<シャコンヌ>が圧倒的だった。テンポはやや早めで、寄せては返す波のように、大きくうねる。こういう曲は、みんなここぞとばかりに名技性を発揮し、思い入れたっぷりに弾き崩す演奏もあるが、彼女は淡々としつつ、内なる情熱を迸らせる。巧い!とやはり唸るのであった。
 「パルティータ」の間に挟まれたA.マクギリヴレイの「無伴奏チェロ組曲」も声高な主張をせず、聴く人を大きく包み込むように弾かれた。ジーグなどくるくるとした輪舞がいかにも軽やかで、初秋に落ちる木の葉を思わせる。彼女はブレコン・バロックの一員でもあり、その穏やかな音色で、ヴィオローネとともにアンサンブルをしっかり支えていた。
 「協奏曲」はやはり<ト短調>のラルゴの美しさが胸に沁みる。ぽつりぽつりと雨だれが落ちるようなピチカートを、銀の糸がすうっと縫い取るようにヴァイオリンが滑ってゆく。まさに絶品。「ニ長調」の<アレグロ>もヴィヴィッドに弾む。<シチリアーノ>の豊かな抒情性も捨てがたい。「ホ長調」のアダージョでは、月光が差し込むようなポッジャーのヴァイオリンがひときわよく歌う。テレマンの3つのヴァイオリンの掛け合いも楽しく、親密な会話を聴くようだった。
 むろん、ポッジャーのリードは優れたものであったが、全体にヴィオラの存在が光ったのも、このアンサンブルの大きな特色ではなかろうか。髪型からしてバッハのような風貌の女性(失礼!)なのだが、波間に時としてふっと現れるような実に存在感のある演奏で、要所要所でアンサンブルを引き締めていた。
 アンコールは2つのヴァイオリンが抱(いだ)き合い天上を目指して昇ってゆくようで、2日間の最後を、夢見心地にさせて締めくくったのであった。
 ともあれ、どこまでもバッハ、バッハ、バッハ(一つテレマンが入ったが)とバッハに囲まれ、バッハ・ファンにはたまらない2日間。このような大胆な企画をしたトリフォニーホールに敬意を表したい。  











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