Concert Report#413

パウル・バドゥラ=スコダ
ピアノ・リサイタル
2012年3月1日 @東京文化会館小ホール
Reported by 佐伯ふみ
Photo by 林喜代種

[オール・シューベルト・プログラム]
楽興の時 Op.94 D780
幻想曲ハ長調 Op.13 D760「さすらい人幻想曲」
6つのアッツェンブルック舞曲 Op.18, D145 / Op.9, D365 より
ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960

 1927年生まれ、御年85歳のパウル・バドゥラ=スコダのソロ・リサイタルである。生粋のウィーン人であるスコダの演奏で、オール・シューベルトのプログラムが聴ける。しかも、「さすらい人」と第21番の変ロ長調ソナタとは! 期待に胸をふくらませて出かけた。

 その期待は、当初予期していたものとは少し異なった形で満たされたように思う。
 やはり年齢による衰えは隠しようもなく、指のコントロールが思うようにいかない。速い複雑なパッセージになると、テンポを調整して、なんとか大きな破綻なく乗りきろうとする。スコダの頭の中で鳴っているであろう音楽と、指先から紡ぎ出されてくる実際の響きには、おそらく大きな乖離があって、いちばんもどかしく思っているのは本人だろう。
 しかし不思議なことに、舞台の上のスコダにも、彼を見守る聴衆にも、悲壮感や痛々しさといった風情はまったく見られないのだった。私の隣席で聴いていた男性などは、最後の変ロ長調ソナタをなんとか弾ききったスコダに、おかしくてたまらないと言いたげな笑い声を立てながら、盛大な拍手をいつまでも送り続けたのだ。
 日本の舞台に立ってくれて演奏をしてくれる、それだけでいい。聴衆はそう思い、スコダも、聴きたいと言ってくれる人がいるかぎり、弾き続けていたい、と思う。聴衆と演奏者のあいだに、そんな暗黙の了解、温かな魂の交流があるように思え、後味はとても爽やかなコンサートだった。

 そんな演奏だったので、個々の曲の詳細についてはここでは触れない。ただ、音色の美しさ、伸びやかなフレージング、自然体の落ち着き...印象に残ったのはそればかり。第21番のソナタは、私はいつもリヒテルの演奏を愛聴している。それとはまったく異質の境地がここにはあって、技術的な上手下手で言えば、当夜のスコダよりもリヒテルのほうが圧倒的に「上手い」であろう。しかし聴いているうちに、リヒテルのほうが作為的でケレン味の強い音楽のように思えてくる。まぎれもないシューベルトの音楽がここにはあり、指が上手く動くかどうかとは別次元の、音楽する喜びが溢れていたのだった。

 休憩後に《アッツェンブルック舞曲》から小品を聞かせるのも洒落ていて、全体にプログラミングの妙を味わう演奏会でもあった。そして、見事だったのはスコダ自身によるプログラム・ノート(訳者の名前は書いていないが、翻訳も見事)。こんなに簡潔な、てらいのない文章なのに、音楽の本質が妥協なくさらりと書き込まれ、作曲家に対する愛情は溢れんばかり。こんな解説を書けるピアニストが他にいるだろうか? いつまでも弾き続けていてほしい。私もそう願わずにいられなかった。
 あの夜のコンサートを思い返してみるに、あの演奏なのに、弾き手も聴衆もお互い十分わかって弾いていたな、ということが腑に落ちた。音楽は技術的な上手い下手ではないよ、というのを、身をもって(非難する人もいるのを承知で)弾いていたのではないかと。  









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