Concert Report#415

東京フィルハーモニー交響楽団/第68回東京オペラシティ定期シリーズ/広上淳一/黛敏郎4大傑作
2012年3月8日(木) @東京オペラシティ・コンサートホール
Reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<プログラム>
黛敏郎;
トーンプレロマス55*
饗宴
BUGAKU
---休憩---
涅槃交響曲**
T. カンパノロジーT U.首楞厳神咒(しゅうれんねんじんしゅう) 
V.カンパノロジーU W. 摩訶梵(まかぼん)
X. カンパノロジーV Y. 終曲(一心敬礼)

<出演>
指揮:広上淳一
管弦楽:東京フィルハーモニー管弦楽団(コンサート・マスター:荒井英治)
ミュージカル・ソー:サキタハヂメ*
合唱:東京混声合唱団**
合唱指揮:水戸博之/平林遼

日本音楽史でなお燦然と輝く黛敏郎。その作品、とりわけ20代〜30代にかけての若年期の作品が4曲まとめて奏されることなど滅多になく、2012年が明けていまだ3カ月とはいえ、東京フィルの今年の目玉公演のひとつだったといえるだろう。演奏も団員の緊迫感がひしひしと伝わってくるものであった。ハイライトである『涅槃(ねはん)交響曲』では、東京混声合唱団が参画。指揮は広上淳一である。


音のエネルギーの根源を問い続けた黛の軌跡

第一部は、『トーンプレロマス』、『饗宴』、『BUGAKU』という、比較的短めの楽曲3曲。黛敏郎ほどのカリスマについては、さすがにプログラムも情報量が豊富であるが、あえてそれらに目を通さずに聴く。弦楽抜きのオーケストラ作品『トーンプレロマス』からして、ラディカルの極みである。弦楽パートが中心となるオーケストラの形状から、今となっては想像しにくいが、元来「オーケストラ」の語源はラテン語の”orkheomai” であり、意味は「ダンスすること」である。よって、「息による管楽器とアタックによる打楽器とのアンサムブルを通してのエネルギーの集積」(黛)を志向したこの曲は、革新的というよりはむしろ、隠されていたもののヴェールを剥ぐという根源への問いであり、再認識の行為にちかい。それは、絶えず自己の内側を見つめ、眠っているものを掘り、揺さぶり続けた黛敏郎の姿勢に脈々と連なるものだ。音楽でも写真でも、あまねくアートといわれるものの真髄は、付加するのではなく「剥ぎ取る」ことによって研ぎ澄まされる-----そうした真理を、現在に生きる我々も出鼻から突きつけられるのである。果たして演奏はどうであったかといえば、指揮者の繊細かつダイナミックな音楽運びにうまく応え、ユーモアを湛えつつも至極淡々と進めてゆく。残響部分のすっきりとした後味も、各器楽奏者の技巧の高さを物語る。ピアノももちろん打楽器のひとつとして機能するのだろうが、象徴的なのが「ミュージカル・ソー」の導入で、これはちょうど打楽器と弦楽器との中間子のような位置づけか。振動から生じる倍音は、アタックと摩擦の境目、金属と肉体の接合点、などのヒントを我々に示唆する。音楽のエネルギー源は、どうにも意志だけでは届かぬところにあるのだ、と。この楽器が素の音色に含む、もどかしさ・やるせなさ、はそれだけでエネルギーの塊である。


制御不能という逆演出-----何よりもまず指揮者のヴェールが剥がされる

プログラムの進行とともに、さまざまな変則様態を見せられて気づくのが、もっともヴェールを剥がされているのが他ならぬ指揮者だ、ということである。通常編成のオーケストラで場数を踏んだヴェテランが、必ずしも吹奏楽やビッグバンド、合唱の名指揮者であり得るか-----そうした挑発が、衆目の下にさらされる。恐ろしい作曲家である。いうまでもなく、この日の広上淳一は、成熟した人間性でもって楽曲に応え、真っ向から斬り込んでゆく(時おり、弾丸のように身体を投げ出すその指揮ぶりからも迫真の度合いは伝わる)。ジャズのエネルギーの爆発を採り込もうとした『饗宴』や、視覚効果抜きでのバレエ音楽を目指した『BUGAKU』に至り、あくまでクラシックという入れ物を借りつつ、いかにそれ以外の要素(ジャズ、民族音楽、邦楽、舞踊)を「制御不能なカタチで」盛り込んでゆくか-----に、さまざまな熟慮の跡が見られた。ここで判りやすい把握力や俯瞰力を発揮しては、黛とならないのである。不協和音や変拍子、変則な楽器編成が生む妙は、あくまで不穏な得体の知れないエネルギーのまま満ちなければならない。指揮者の個性が前面に出過ぎては魅力が損なわれるのだ。広上の指揮は、各パートの熟練した技巧を最大限に引き出して洗練の域までまとめ上げつつも、全体のサウンドとなったとき、それらが多角的に拡充するよう計る。エネルギーの増幅と複眼の保持-----その相反的なダイナミズムは一貫して続く。


音を超えたところで感知させるもの-----黛的ヒューマニティ

そして後半に『涅槃交響曲』を迎えるのであるが、緻密に裏打ちされたエネルギーの集大成ともいえる曲である。「鐘の音」に魅せられていた黛が、全国の鐘の音を音響工学的に分析しオーケストラで再現、合い間に禅宗の経文や天台宗の声明(しょうみょう)を配した合唱楽章が挿入される6楽章形式-----理性と霊性の混淆の試みである。不安定な鐘の音の広がり、宗教的な超越性があくまで西洋的枠組みのなかで轍のように広がってゆく。コンセプトの軸である鐘の音こそが、明確なトーンという概念から見事に外れるものであるという規格外の立脚点。この日、お経に限りなく近いはずの合唱部分は、実際に禅僧が唱えたのであるのならばまた違った奥行を生んだのであろうが、通常の声楽(=西洋性)に傾いてしまった感が少々。オケの演奏効果の点では、ここでも鍵となっていたのが、管楽器群(息)と打楽器群(アタック)で、明確なテンポや調性を利用して波を造れない、という西洋的な価値観から見れば明らかな不具合を、いかにもアジア的な気配りの連続でもって阿吽(あうん)の呼吸で連結してゆく。裏側からの煽(あお)り、とでもいったら良いのか。その一見地味な力量から、オーケストラの基礎体力の高さが窺える。しかし、この涅槃交響曲の魅力は何であろうと考えたとき、或いは東洋の宗教性がもつ得体の知れぬ静けさの広がりに思いを馳せたとき、根底にあるのは一種の突き放したような孤高の世界であり、人の意識を内省へと向かわせる極度の求心力であるようにおもう。それは、統制のとれた演奏、がもたらすものとも少々違う。前述したように、バラバラに響き合いつつも磁力によってまとめられうる何かである。豊かな多層性で終始締めくくった広上淳一の指揮も素晴らしいものであったが、寒暖でいえば暖の要素が強い演奏であった。欲を言えば(個人的好みに過ぎぬのかもしれないが)、人間の意識の深層に潜む背筋も凍るような寒の部分、不条理のあとにひた寄せる、冷厳なる部分でのドスをもう少々効かせて欲しかったような気もする。相反要素の振幅が激しく鳴り響くほど、包容力が増す黛作品であろうから(*文中敬称略)。  









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