Concert Report#421

高橋アキ ピアノ・ドラマティック
vol.[/アキ・プレイズ シューベルト&モーツァルト
2012年4月18日(水) @東京文化会館小ホール
Reported by 伏谷 佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

出演:
高橋アキ (Aki Takahashi ; pf.)

プログラム:
モーツァルト;ピアノソナタ第8番イ短調K.310
シューベルト;幻想曲ハ長調D.760「さすらい人幻想曲」
<休憩>
シューベルト;ピアノソナタ第17番ニ長調D.850

アンコール:
ジョン・ケージ;夢
エリック・サティ;グノシェンヌ

現時性における合理/非合理を挑発する

長いキャリアのなかで、クラシック音楽だけでプログラムを組んだのはたった2回目-----とアンコール時に語っていたのがとりわけ印象的だった。高橋アキといえば、現代音楽、エリック・サティ。普段滅多にプログラミングされることのない長大な規模の作品を敢えて取り上げる試みである「ピアノ・ドラマティック・シリーズ」、第8回目を迎える今回はシューベルト2作品とモーツァルトのK.310ソナタ。選曲としては非常にクラシカル、しかしその楽曲の演奏時間から、まるで耐久レースのような闘争的な気分もはじめから蔓延している。

ピアニストがステージ上で暗譜で弾く習慣は比較的新しく、19世紀も後半であったと聞く。楽譜に視線を固定していては鍵盤を追えないほどに技術的難易度の高い曲がふえたため、暗譜をして指先の動きに意識を集中したほうが合理的である、というのがその主たる理由であるようだが。しかし、今日に至っても、現代音楽が奏されるときには楽譜を見ながら弾くひとが多い。選曲に関わらず、この日の高橋アキも暗譜では弾かない。存分な解釈をなめした後に暗譜で「自己のもの」として音楽を供するのでは、通常のクラシックのピアニストと何ら変わらない。思うに、「高橋アキという音楽家が今ここで作品と対話する現時性」こそが重要であり、即興的な、多少言葉は悪いが「場当たり的な」一期一会が生むものにこそ醍醐味があるのだ。果たして、通常のクラシック音楽としての技巧の確かさや仕上がりの饒舌さで測れば、多分に齟齬が生じてくるこの日の演奏であった。しかし、現出されるのは、高橋アキにしか醸し出せぬ、まことにユニークな世界である。


タフな美しさで写実する作品の偉大さ・楽器への讃歌

モーツァルトが始まるや否や、攻撃的でアタックの効いた打鍵に釘づけとなる。特筆すべきは、右手と左手の音質の体温差。骨太でクリア、マルカート的ともいえる右手のタッチに比して、左手はくぐもった濁りの世界が維持される。音圧が違う。そうした二手の並走状態が緩徐楽章を迎えたとき、ペダル使用の減少と相まってか、ピアノの素(す)の音がひずみのようにぱっくりと口をあけたように感じられたのが印象的。素朴な音色ながら、ハンマーの落下の感触など、ピアノという楽器の運動性がストレートに感知される。右手の煌びやかな装飾音や、切れ目のない雲のごとき視覚効果に満ちた終盤の左手の3連符の連なり。陰陽を効かせつつほぼ切れ目なくなだれ込むフィナーレでも、絶妙なテンポの揺らし、一瞬の左右の音質の歩み寄りなど、活発な音のムーヴメントの離合の妙が楽しめた。


『さすらい人〜』から演奏時間40分にもわたる大曲、『ソナタD.850』に至るシューベルトでは、モーツァルトで提示された垂直な打鍵に、細やかな音色のニュアンスが増す。転調が生む音流の迸りに、キメとなる音やポイントが楔のように打ち込まれる。そのセンスもいかにも斬新で、型に嵌まったものではない。とりわけ印象にのこるのが『さすらい人』における第2楽章の入りで、楽章間がほぼ切れ目なく奏されることが多いこの曲にあって、高橋アキは第1楽章最後の一音を残したあと、たっぷりとした沈黙のパウゼを置く。その後に目まぐるしく展開する絶望から救済、ロマンティックなパッションまでの一連の感情変化への起爆剤ともなっているが、よくよく聴いていると、ほぼ同一音量でこれらの変転がなされていることに気づく。第2楽章のハイライトともいえる高音部からの下降パッセージの部分では、どうにも形容し難い異化された美しさを放つ。全体としては音量や打鍵はパワフルで、フォルティッシモの部分ではしばし音は割れさえするのに、その肉体的ともいえるタフな美しさによって、作品の骨組みは頑強に眼前にそびえる。奏者の作品への讃歌として、すがすがしく感じられてくるのだ。高橋アキは、音の表情や感情で聴衆を酔わせるのではなく、あくまで音型の推移、そのシンプルな運動性(テンポがレントであってもつねに躍動している)によって作品を「写実」しているように感じられる。作曲家の内面を想像して寄り添うのではなく、あくまで外部から斬り込む。果たしてどちらが作品に忠実であるといえるか。多弁な重音より、寡黙な一音-----その密度の高さを、『ソナタD.850』がクライマックスを迎えるにつれ、まさに噛みしめたものだ(*文中敬称略)。

(*文中敬称略)。  









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