Concert Report#424

新国立劇場 モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」
2012年4月27日 @新国立劇場
Reported by 佐伯ふみ
新国立劇場オペラ「ドン・ジョヴァンニ」(2012年4月)
撮影:三枝近志

指揮:エンリケ・マッツォーラ
演出:グリシャ・アサガロフ
美術:ルイジ・ペーレゴ
照明:マーティン・ゲプハルト
合唱指揮:三澤洋史

【キャスト】
ドン・ジョヴァンニ:マリウシュ・クヴィエチェン
騎士長:妻屋秀和
レポレッロ:平野 和
ドンナ・アンナ:アガ・ミコライ
ドン・オッターヴィオ:ダニール・シュトーダ
ドンナ・エルヴィーラ:ニコル・キャベル
マゼット:久保和範
ツェルリーナ:九嶋香奈枝

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 演出家アサガロフは新国立劇場3度目の登場。ウィーン、チューリヒなど各地の歌劇場で実績を積んだ演出家だが、《ドン・ジョヴァンニ》の演出はこれが初めてだそうだ。日本での制作はドイツ語圏と違い「古典的な感覚をやや増やして、作品により忠実に演出しやすくなる」と語っているが(プログラムより)、確かにオーソドックス、文句なしに楽しめる舞台となっていた。
 このオペラの台本作家ダ・ポンテと親交があったとされる「稀代の色男」カサノヴァとドン・ジョヴァンニとを重ね合わせ、舞台設定はスペインからイタリアのヴェネツィアへ。夕闇にほのかに浮かび上がる橋、その下を行き交うゴンドラ。華麗ながらどこか退廃のにおいの漂う街は、背徳のドラマにふさわしい。
 タイトル・ロールのマリウシュ・クヴィエチェンは、これぞドン・ジョヴァンニのバリトンと言いたくなるような恵まれた声の質と響き。そして華やかな衣装が実によく似合う。それに優るとも劣らない歌唱と演技で喝采を博していたのがレポレッロの平野和(やすし)。妻屋秀和の存在感の大きさと立派な歌唱は言うまでもなく、男性陣の競演が印象的な舞台だった。
 ほかに特筆すべきはドンナ・アンナのアガ・ミコライ。第2幕のアリア『私が残酷ですって? それは違います!』は忘れがたい。この人が歌うときだけ、劇場の時間の流れ、空気の色がふっと変わって、この人だけの舞台になる。聴き手を自分の世界に引き込み、訴えかける力が傑出している。
 開幕の騎士長殺害のシーンでもミコライの演技は光っていた。演出家アガサロフはこのシーンで、ドン・ジョヴァンニはまんまとドンナ・アンナを「ものにする」ことに成功していると捉える。事を終えていつものようにさっさと逃げだそうとしたドン・ジョヴァンニが、逃がすまいと必死に追いすがるドンナ・アンナを振り切るのに手間取っているうちに騎士長が現れ、思いもかけない成り行きで生涯初めての殺人を犯してしまう。そこから彼の転落が始まる。全編に影響するこの解釈を、開幕早々、無言で展開される短いシーンで示さなければならないわけだが、ミコワイの必死に追いすがる姿はそれだけで、何かいつもと違う《ドン・ジョヴァンニ》が始まろうとしている、と予感させるに十分だった。
 ドンナ・エルヴィーラのニコル・キャベルは、第2幕でレポレッロに騙されて失意のどん底に沈み、それでも晩餐の席でドン・ジョヴァンニに改心を懇願する、その一連の流れで特に存在感を示した。不実な男を愛してしまった女の哀れさをよく表現していたと思う。
 ドン・オッターヴィオのダニエル・シュトゥーダは不調だったか。声が響かず、ブーイングも出た。ドンナ・アンナ、ドンナ・エルヴィーラとの三重唱がどうにも面白くなかったのは、テノールのせい――だけでもないかもしれないが。
 ツェルリーナの九嶋香奈枝は、コケティッシュな魅力を湛えた可愛い女、にしては少しばかり真面目さが勝っていたかもしれない。第2幕の『薬屋の歌』ではピッチが下がりすぎ。艶っぽさを表現する工夫かとも思ったが。
 新国立劇場初登場のエンリケ・マッツォーラの指揮は手慣れていて、歌手たちにもぴたりと合わせ、安心して舞台上のドラマに注意を集中できる自然さ。楽しい舞台だった。  







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