Concert Report#430

「ゲザ・ホッス=レゴツキ/ヴァイオリン・リサイタル」
2012年5月17日 @浜離宮朝日ホール
「岡崎慶輔&伊藤恵デュオ・リサイタル」
2012年5月18日 @東京文化会館小ホール
Reported by 丘山万里子

「ゲザ・ホッス=レゴツキ/ヴァイオリン・リサイタル」

2012年5月17日@浜離宮朝日ホール
演奏:ゲザ・ホッス=レゴツキ(vl)
    ルドルフ・ツェネ(pf)
曲目:フォーレ「ヴァイオリン・ソナタ第1番イ長調作品13」
    ドビュッシー「ヴァイオリン・ソナタ」
    4つの小品 「亜麻色の髪の乙女」「レントより遅く」「美しい夕暮れ」「ゴリヴォーグのケークウォーク」
    サン=サーンス「ハバネラ作品83」「序奏とロンド・カプリチオーソ作品28」
アンコール:
    ヴィエニャフスキ:「華麗なるポロネーズ第1番」 
    グルック:「メロディ」 
    シューマン:「Vogel als Prophet」




「岡崎慶輔&伊藤恵デュオ・リサイタル」

2012年5月18日@東京文化会館小ホール
演奏:岡崎慶輔(vl)
    伊藤恵(pf)

曲目:ストラヴィンスキー(ドゥシュキン編)「イタリア組曲」
    R・シュトラウス「ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調作品18」
    シューベルト「幻想曲ハ長調D934 」
    ラヴェル「ツィガーヌ」
アンコール:ドビュッシー「美しい夕暮れ」

 二夜、立て続けにヴァイオリンとピアノのデュオを聴いた。ゲザ・ホッス=レゴツキのヴァイオリン・リサイタルと岡崎慶輔&伊藤恵のデュオ・リサイタル。全く対照的な演奏だった。
 ゲザは前半フォーレ、ドビュッシーの「ソナタ」、後半がドビュッシーの4つの小品とサン=サーンスの「ハバネラ」「序奏とロンド・カプリチオーソ」。
 まずは、刀を振るように、シュッと弓を一振りしたあと、おもむろにとりかかる。それだけで、どんな演奏になるか判ろうというもの。前半のフォーレ、ドビュッシー、後半の四つの小品は、これがフォーレ、ドビュッシー?と思うほど、楽器を鳴らしに鳴らし、それぞれの作品の持つ特有のニュアンスもゲザ節に埋没。したがって、どちらも同じテイストに聴こえる。音は豊饒で、肉感的。分厚いサーロイン・ステーキのようなフォーレとドビュッシーである。そして迎えたサン=サーンスは、さあ、腕の見せ所、腕が鳴るぜ、とでも言うように思い切り弾きまくった。「ハバネラ」の弾力に富んだリズムなど、全身で踊り上がらんばかりだし、「序奏とロンド・カプリチオーソ」も原色の絵具をキャンパス一杯にぶちまけたように情熱的。その華々しいヴィルティオジテには目が眩む。聴いているこちらまでワクワクしてくる。伴奏者のR.ツェネとともに、二人にはロマの血が流れている。その血が滾り立つのだろう。弾き終えたあとの二人の満足そうな笑顔には、それが現れていた。アンコールのヴィエニャフスキも同一線上で、この人にはやはり「濃い」作品が似合う。となるとフォーレやドビュッシーという選曲が適切とはあまり思えないし、といって、「濃い」作品ばかり並べると、聴いているほうがいささか食傷気味になるだろう。ロマン派のものも中途半端になるのではないか。難しい...ならばいっそバッハの無伴奏などどうだろう。彼のバッハがいったいどうなるか、ぜひ聴いてみたいものだ。

 ゲザの演奏とは正反対だったのが「岡崎慶輔&伊藤恵」組。チラシに本誌のディスク・レビューを担当している大木正純氏の「ありあまるほどの音楽性に恵まれた真の逸材」(レコード芸術)との言葉に惹かれて足を運んだが、二人ともミュンヘン国際コンクールの覇者。ゲザ組とは全く異なる演奏で、なるほど、と思わせた。ヴァイオリン・リサイタルではなく、デュオとしたところに、この二人の姿勢が見て取れる。
 岡崎は自分の美点が何かを良く知りつくしている。彼の魅力は何と言ってもピアニシモの美しさと音の照り。とりわけピアニシモは、弓と弦が接するわずかな地点で音を共振させる微妙きわまる技。伊藤もそれを熟知し、練達の呼吸で寄り添う。ストラヴィンスキーの「イタリア組曲」を優美に、ときに俊足で飛ばし、全6楽章をバランス良くまとめあげる。シュトラウスもドラマティックな構築の一方で、第2楽章など、はらはらとこぼれる花びらを思わせるピアノとともに、銀の糸をすぅーっと掃いたようなピアニシモがここでも魅力的だ。
    

 だが、当夜の白眉はシューベルトの「幻想曲」。シューベルトのヴァイオリン曲は数少ないが、その歌謡性に富んだ旋律を、岡崎と伊藤は互いに歌い交わすように弾き進んだ。伊藤のピアノは音階それ自体が音楽になっており、それに絡むヴァイオリンとともに、あたかも草花で花の冠を編むような香しさを立ちのぼらせる。シューベルトの音楽は、明るい陽光のなかにも一瞬の陰りを随所に見せ、その和声の変転と内声の動きに、奥行きの深さと色彩とが必要な音楽なのだが、そうした動きを丹念にひろって、一つ一つのフレーズを大切に重ねてゆく。その濃やかな目配りもまた、彼の美点の一つだろう。「ツィガーヌ」冒頭での逞しく野太い音も、こういう面もあるのか、と新鮮に響き、目覚ましい技巧もケレン味がない。惜しいのはピチカートで聴き取れない部分もあったことで、この時ばかりは、伊藤のピアノの音量をもっと絞って欲しいと思った。それ以外は絶妙のデュオ。
 アンコールのドビュッシー「美しい夕暮れ」は、彼が自分のことをよくわかっている証拠で、ゲザも弾いた作品だが、まるきり異なった曲を聴いているようだった。ゲザがたっぷりとした音で、夕暮れの残光をあかあかと弾き上げたのにくらべ、岡崎は霞んでゆく淡い光を忍びやかに映しとった。持てる技量を派手にみせびらかさない奥ゆかしさが窺える選曲である。
 筆者は以前、ミュンヘンに居た頃、ミュンヘン国際コンクールを予選から聴いたことがあるが、日本人は判で押したように細面で、技術面に瑕疵がないかわり、訴えるものもなく、全員が最終まで残らなかった。岡崎がこのコンクールで優勝したのは、彼の持つ独特の毛筆を思わせる自在な筆遣いと絶品のピアニシモが審査員や聴衆の耳を惹き付けたからであろう。言ってみれば、彼の演奏には日本画のような趣があり、それは欧米の人々が決して持ち得ない味だったのである。ちょうど東山魁夷の世界のように、色彩ともどもある種の静謐をたたえる。細密な線で描かれながら、その外と内を何とも言えない色使いで埋めてゆく。そうしてどの音も磨き抜かれた木肌のようなつややかさと飴色の光沢を放つ。さらにそこには、いわゆる<寡黙な美>(日本人だからというようなレヴェルではない)に繋がるような、確乎とした固有の美意識が潜んでいて、それがコンクールでの優勝をもたらしたのではないか。
 2010年〜11年のシーズンからチューリッヒ歌劇場のコンサートマスターに就任したという。西欧のオーケストラの中で彼の個性がどのように生きるのか、興味深い。



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