Concert Report#431

日本フィルハーモニー交響楽団 第640回 東京定期演奏会
「ラザレフが刻むロシアの魂 Season 1: Rachmaninov 3」
2012年5月18日 @サントリーホール大ホール
Reported by 佐伯ふみ

指揮:アレクサンドル・ラザレフ
ピアノ:上原彩子
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団

プログラム:
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 Op.30
チャイコフスキー:交響曲 第3番 ニ長調 Op.29「ポーランド」

 ラザレフ指揮の日フィルが最近、元気がいい、と聞いて、このところ続けて足を運んでいる。指揮者もオーケストラも実に楽しそうに、気持ちよさそうに音楽していて、聴いても見ても、気持ちがいい。歌うところは思い切り歌い、最強音は、ここまでいくかという思い切りの良さ。しかし、抑えるべきは抑え、音楽の大きな構造、それぞれのフレーズの意味を、了解したうえでの伸びやかさなのである。指揮者とオケの信頼関係、昇り調子の楽団の勢いというものを見ることのできる、興味深いコンサートである。
 本日の目玉はやはり、前半の上原彩子のコンチェルトだろう。ピアニストの超絶技巧をこれでもかと見せつける、絢爛豪華な大曲である。上原のピアノが、全曲にわたって技術的にまったくなんの破綻も見せないのは、もうそれだけで驚異。あの小柄な身体のどこからこの強靱なパワーが生まれてくるのだろう。
 上原はこの日、おそらく意識して、情緒におぼれない、ドライな音楽づくりをしていたと思う。全曲の構成を俯瞰しながら、各々のセクションで自分が果たすべき役割、見せるべき技量を心憎いほどわきまえ、冷静沈着に遂行していく。
 ラザレフとオーケストラはその上原のピアノに合わせて抑えにおさえ、いつもの闊達で「歌う」音楽づくりはここでは封印、といった様相であった。時折、オケの出番となると、まさに「ここぞ」と歌いはじめるのが微笑ましい。指揮者もピアニストも押しのけて、オーケストラが「出ずにはいられない」といった風情。なかなかいいではないか。
 

 筆者としては、上原のピアノに、いま少しの「歌」が欲しかった。演奏効果を計算し尽くした音楽づくりなので、たとえば、オケがかぶってピアノの音が埋もれそうなところでは、その箇所の音だけアクセントをつけて際立たせるといった処理をする。ピアノの存在感は抜群だが、フレージングの自然な呼吸、個々のフレーズの得も言われぬ美しさは犠牲になる。
 あるメロディを弾くとき、演奏者がみずからその美しさに感動し、その音楽の素晴らしさを聴衆と共有しようとする。音楽によって、人間を超えたものへの畏敬の念や憧れへといざなわれていく。筆者が望むのはそのような音楽なのだと、聴きながら改めて思った。
 しかし、この楽曲そのものが、本来、そのような境地とは異なる志向で作られているのだ。ヴィルトゥオーゾ文化の爛熟期の作品。神業のような超絶技巧とカリスマをそなえたピアニストが舞台に現れ、オーケストラを征服し、聴衆を屈服させる。上原のピアノは、その種の楽曲の魅力を十分に堪能させてくれた。客席から送られる熱い拍手喝采には、圧倒的な才能を前にした畏敬の念が確かに感じられた。上原のまぎれもない勝利である。
 後半は、チャイコフスキーの「ポーランド」。ラザレフと日フィルの本来の魅力がいかんなく発揮された、会心の演奏と思う。まさに「ロシアの魂」である。終楽章、最後の決めどころで、ラザレフがほとんど客席を振り返るような体勢でタクトを振り下ろして見得を切る。はいはい、これがやりたかったのね、と思わず笑ってしまった。こういうのもご愛敬、と許せてしまうのも、今の日フィルの勢いなのである。



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