Concert Report#435

アレクサンダー・ロマノフスキー ピアノリサイタル
2012年5月22日(火) @東京・紀尾井ホール
Reported by 伏谷 佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

アレクサンダー・ロマノフスキー(Alexander Romanovsky;pf )

ハイドン;ピアノソナタ変ホ長調Hob.XVI-52
ブラームス;パガニーニの主題による変奏曲op.35
       <休憩>
ラフマニノフ;練習曲集『音の絵』op.39より
      第1曲/第2曲/第3曲/第5曲
ラフマニノフ;ピアノソナタ第2番変ロ短調op.36

アンコール:
ショパン;ノクターン遺作嬰ハ短調
スクリャービン;練習曲op.8-12「悲愴」
バッハ (ユーリ・コシュケヴィッチ編);管弦楽組曲第2番より「バリネリ」

ロマノフスキーは1984年ウクライナ生まれ。ロンドンのロイヤル・アカデミーでアレクセーエフに師事し、1997年よりイタリアのミラノに居住している。2001年のブゾーニ・コンクール優勝。システムを一新したことでも注目を集めた2011年度のチャイコフスキー・コンクールでは、優勝候補のひとりと目されながらも第4位という意外な結果に。優勝したトリフォノフをはじめ、多くの入賞者が一番のライバルとみなしていたにも関わらず、である。このコンクールの模様はテレビでも放映されたのでご記憶の方も多いだろうが、ロマノフスキーはすぐれたラフマニノフ演奏に贈られる「クライネフ賞」を受賞した。


虹彩の割合多き濃密な音色

かのカルロ・マリア・ジュリーニが「途轍もない才能」と激賞したように、非常にダイナミックで精悍な演奏である。何より音の掴み、そのダイナミックな把握に聴衆の意識は鷲づかみにされる。差し込みのよい打鍵とバネのような瞬発力で、冒頭のハイドンから快活に音楽はグルーヴするが、良くも悪くも非常に個性的な音色が醸成されていることに気づく。ひと粒ひと粒がしっかりとした輪郭をもちつつも、中央へ向けて肉厚な響きの芯をのこす音色...とでもいおうか。瞳に例えれば、虹彩の割合が大きく濃厚。そのため、ゆったりとしたテンポのところでは空間に対する音の割合が大きすぎ、密度がみっしりとしすぎるため、一瞬響きの綾が平板に聴こえることがある...まだ若いのでさほどのマイナスにはならないだろうが、優等生的に受け取られる危険もあるのではないか。しかし、これらはほんの刹那の気づきであり、テンポが速いフィナーレなどでは、機関銃のごとき突進力で一陣の風が吹き抜ける。その生真面目と反逆とのあいだを激しく揺れ動く振幅の激しさこそ、そのまま彼のピアニズムの魅力であろう。


ヴィルチュオズィティの根底を成す豊かな下地

超絶技巧を要する大曲に、真っ向から四つに組むあたりは若さのゆえか、それとも生涯変わらぬこのピアニストの個性か。ロマノフスキーがいかにすぐれた身体能力の持ち主であるかが露わとなったのが『パガニーニ変奏曲』である。網の目のように仕組まれた隅々にまで脈動する、寸分の隙もないリズムの細分化能力には、ピアニストというよりも第一級のパーカッショニストを見る思いがする。しかしながら、そのまま無地のキャンバスにリズムを切りつけてゆくのではなく、下地には豊かすぎるほどの音楽性と詩情とが塗り込められている。その「音を成す前提条件」の部分が、底なし沼のように豊かで、かつ不穏なロマンティシズムを湛えている。技術的なヴィルチュオズィティは音楽に先行せず、根底からくみ上げられる音楽性は枝葉の隅々にまで行き渡る。バスドラからシンバルの先鋭性までを網羅する打鍵のヴァリエーションとスタミナの持続は、最後まで途切れることがない。とりわけ、第1部の最終変奏で見せたフォルティシモは、他ではなかなか聞けぬ性質のもの。極度に冷たく硬質でありながら、楽器内部にひろがる波動も、同時にやわらかに維持される。こういう魔術的な音色が現れる瞬間は今後さらに増えていくだろう、と確信させずにはおれないアウラをロマノフスキーはもっている。


作品との幸福な結託が生む、巧みな演出力

かような得難き音の交錯をもち味とするピアニストのラフマニノフには、否が応でも期待が高まる。あたかも、作曲家がペンを執る姿がそのままよみがえるように、音のパレットから彩色してゆく実況であった『音の絵』。音圧の絶妙な窪みの推移が、アルペッジョにえもいわれぬ陰影を施す。『ソナタ第2番』は、前述したようにテンポの速いところで自在な音色の切れ味を発揮する、このピアニストの美点が凝縮していた。アレグロによって挟まれるタイトな3楽章形式は、自らのピアニズムの強みを知り尽くした者によってヴィヴィッドに息を吹き返す。的確に絞りを効かせた能弁な左手が生む、造形力を失わぬ疾走。骨太で時に粘着質な音の運びも、生来のリズム感によって当意即妙に塗りかえられる。野暮に陥るのをすれすれのところで回避する巧みなスイッチは、やはり内蔵されたセンス、血の為せる業か。緩徐楽章では、あまりに色彩が溢れすぎ、雑多で茫漠とした印象を生むこともあったのだが、全体として聴き終えたとき、前後の肉体的なアレグロが活きてくる。レントにおいて敢えて響きの芯を抜くことで、色彩の解放を強烈に演出したのではないか、と納得されてくるのだ。やはり、大きなスケールをもった若手である。今後、その音色の鮮やかなヴァリエーションが、より一層の深みと成熟を纏(まと)うことを期待しつつ(*文中敬称略)。  









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