Concert Report#441

リーズ・ド・ラ・サール ピアノリサイタル
2012年6月4日(月)  @東京・紀尾井ホール
Reported by 伏谷 佳代 (Kayo Fushiya)

リーズ・ド・ラ・サール ( Lise de la Salle;pf. )

シューマン;子供の情景op.15
       幻想曲ハ長調op.17
<休憩>
ショパン;24の前奏曲op.28

アンコール:
ドビュッシー;プレリュード第1集より
        第4曲「音と香は夕べの大気の中に漂う」
        第11曲「パックの踊り」

アマーティが2011年より始動させた、才能ある若きアーティストの変貌を3年にわたって追うシリーズ「プロジェクト3×3」。このリーズ・ド・ラ・サールも選ばれたピアニストのひとりで、1988年生まれ。9歳で初リサイタル、12歳でパリ音楽院をプルミエ・プリを得て卒業、と早くから天才として脚光を浴びた。世界各地のオーケストラと共演するほか、順調に録音も行っている。この日はシリーズの中間地点、2年目のリサイタルを聴いた。

骨太でオーソドックス、大きなスケールの俯瞰図

骨太なフォルムをもつピアニストである。作品の大きな骨組みをまずしっかりと描き、その内部を大小の筆を使い分けつつ埋めてゆく。ド・ラ・サールのピアノを聴いて第一に感じるのが、オーソドックスであることの凄み、である。男性的ともいえる頑強な音楽づくりと、外見の可憐さとのアンバランスさが抗い難いスター性となっているのであろう。会場の男性客の多さにも目を見張った。

プログラム構成を見ても、小細工のないなかなかに思い切りの良いものである。大きな造りの名曲のみが占める。若き女性でフランス人、と来ればシューマンなどのドイツロマン派よりもショパンとの好相性を予想しがちなものであるが、このド・ラ・サールに至っては真逆であると感じた。巧みな構成力については前述したが、常に聴覚と指先の小回りが分かち難く連動しているような、すっきりとした音像のシェイプがある (それは時に平板な響きとして感知されたりもするのだが)。残響や沈黙の部分で、独特の存在感を放つことのできる所以であろう。冒頭の『子供の情景』でも、折り返し地点となる7曲目の「トロイメライ」から、響きの領域を一気にやわらかく膨らませ、作品の追い上げ感を高めていったあたりには感服した。

 

この日もっとも完成度が高かったのが、『幻想曲』である。ドラマティックで運動性の激しい曲でこそ美点が発揮されるピアニストとみえ、第1楽章では孤を描くような小回りの利いた振動を拡充してゆき、スリリングだ。ただし、そのハード面の振幅の大きさに比して、ソフト面ともいえる音色の部分では、いささか陰影の幅が少ない。音が堅いと感じられる場合もあるが、指を鍵盤に完全に平置きしたストレートな打鍵が、例えば第2楽章などで、極点としてピン・ポイントに的を突くとき、その金属音は鋭角的で凛々しい音として結実する。付点リズムもタイトに決まる。

新鮮な個性で作品の既存イメージを塗り替える

後半のショパン『24の前奏曲』も、一曲一曲を丁寧にかっちりと仕上げていたが、全体としてみたときに少々安定しすぎていた感もある。ショパン特有の瑞々しい抒情性や感情の揺らぎが、作品構成の内側へと籠りすぎていたような印象を受けた。ありていにいえば、もう少し「あけすけ」なものが欲しい。例えば、第11曲など音に柔軟性が少ない場合、高揚感がいまひとつ出ない。逆に低音部の充実した「雨だれ」や、細かでクリアな指先の捌きが緻密な音流となって攻めてくる第16曲、指先へのストレートなエネルギーの伝播が、平面的ではあるが落雷のような迫力を生む第18曲/第22曲等、彼女のピアニズムの美点が前面に躍り出る曲もあった。圧巻であったのは最後の第24曲で、五指がすべて親指と化したような強靭なアタックの連続が鮮烈。こうしたプレイには、色彩溢れる音色より、かえって単色で渋い音色が映える。若いながら、自らの強みを確信している様子が窺える。新鮮な驚きに満ちた解釈で、既存の作品イメージをどう塗り替えてゆくのか、楽しみである(*文中敬称略)。

【関連リンク】
http://www.lisedelasalle.com/



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