Concert Report#442

クヮトロ・ピアチェーリ 第12回定期演奏会
2012年6月11日(月) @王子ホール(銀座)
Reported by 多田雅範
Photos by 林 喜代種

演奏:
第1ヴァイオリン 大谷康子
第2ヴァイオリン 齋藤真知亜
ヴィオラ 百武由紀
チェロ 苅田雅治

曲目:
フランギス・アリ=ザデー(1947-):ムガーム・サヤギ(1993)
菅野由弘(1953-):弦楽四重奏曲(1976)
ショスタコーヴィチ(1906-75):弦楽四重奏曲第13番(1970)

ショスタコーヴィッチに菅野由弘は勝利した!コンサートの直後に菅野という作曲家に魅せられてそう口走っていた。

マンチェスターから、最新作ピアノ・ピースを3つ演奏する初演に立ち会って日本にやってきた作曲家 菅野由弘(1953-)だった。この「弦楽四重奏曲」(1976)は芸大学院生の時にモナコ・プランス・ピエール国際作曲賞を受賞した出世作、菅野によれば最初の作品と言えるとのこと。ひらめきと技巧と造形を研ぎ澄ましたかのような10の断片、数えながら聴いたわけではない、演奏の長さを予習せずに耳が辿るクヮトロ・ピアチェーリの時間は、丁寧にクールに感動させた。処女作に作家のすべての萌芽があるというテーゼは言えてるのだろう。音楽のヴィジョンに速度がある素晴らしい作曲家だ。演奏の前に菅野が、松村禎三先生から“丁寧に作られているが嫌いだ”と言われ、自分も“先生の作風が嫌いだ”と応じた、でも先生は最高点を付けてくれていた、というエピソードが語られていた。いい話だ。菅野という作曲家は、才能の根底に快楽主義者的に音が好きな欲望を感じさせる。ほかの作品も聴いてみたい。

作品解説では、「基本となる素材ブロックは4つ。絡み合う上行音型の綾にスル・ポンティチェロのざらついた響きがくさびを打ち込むA、流動的様相のB、スケルツォ的なウィットに富んだC、そしてスタティックな時間の中でコル・レーニョが新しい音色を導入するD。そして、この4つのブロックは、「A1-B1-C1-D1-C2-A2-B2-C3-D2-C4」という具合に、全体で10の連鎖を形作りながら曲を貫くのである。10パートは休みなしで演奏されるため、迷宮的な時間感覚の中に置かれる。」(沼野雄司)とあったが、コンサートでは譜面をめくりながら休み休み10ピースの断片を置くように演奏されていた。いわば、時間的迷宮は演出されなかったが、星座のように煌いた作品と聴いた。

続いてのメインディッシュに相当するショスタコーヴィッチの13番は、どうもカルテットの演奏に冴えがない。互いにぎりぎりまで音楽を牽引しあうような緊張感が感じられない、高速道路を左車線で安全運転しているように聴こえる。これはこのコンポジションの性格なのだろうか。そうではないだろう。どうも、ヴィオラが甘い、ヴィオラが自分の歌を歌っているような感じがする。他のストリングスの足が停まるような。ザッケローニ監督であれば走り込みをさせてタガを締めるところだ。

4年前にこのカルテットを聴いている(http://www.jazztokyo.com/niseko/oyaji04/v04.html)。「これはすばらしい。個々のメンバーの力量もさることながら、とくにチェロの苅田雅治が放つ祈りにも似た静かな意志に裏打ちされた演奏、この四重奏団から音楽は立ち現れているようだ」と書いている。その後、クヮトロ・ピアチェーリは2010年11月の第9回定期演奏会で平成22年度第65回文化庁芸術祭大賞を受賞している(http://www.bunka.go.jp/ima/press_release/pdf/22_geijutsusai.pdf)。公演記録がまた素晴らしい(http://www.piaceri.jp/history.html)、ギヤ・カンチェリ、三善晃、矢代秋雄、聴きたい!

ショスタコーヴィッチの13番は、ヴィオラに捧げられた曲で、悪化する体調の中で死の影と希望が人間臭く漂うようなものであるのはコンサートのあと、解説で読む。もしかしたら、今日の演奏には、ある意図が隠されていたのかもしれない。ヴィオラは、人間臭さ、弱さやあこがれの情緒で崩落するさまを描くような。ちから無げな、ラストの一条の響きはわたしにははなはだ物哀しく思えた。そしてそれが13番の真相であったかもしれない。

前半のアリ=ザデーの曲は、ステージに最初チェロ奏者だけが登場し奏ではじめ、ステージの舞台裏から扉の向こうで鳴り始めるストリングの断片という仕掛けのあるもので、ステージに4人が揃い、緩急を繰り返し、ヴィオラ奏者はドラを打ち鳴らす場面もあり、最後はまたチェロ奏者が残されて弾くという構成。イスラム教における秘められた愛の世界である「ムガーム」を音楽化した作品とのこと。民族音楽的なアイデアと前衛音楽の融合という理解になるが、遠くから到来する響きやドラの打音の異化は、ファンタジックな弦楽の冒険という旅を味わうようで耳に心地良かった。アリ=ザデーはショスタコーヴィッチの孫弟子だという。

クヮトロ・ピアチェーリのまた違った魅力を感じたコンサートだった。海外、日本、ショスタコーヴィッチというこのシリーズのプログラムは、発見の宝庫であるし、聴いた翌日、翌々日と感動が育ってゆくものだ。若い聴衆も多く満員札止めになっていたので、次回10月26日も当日券は厳しいだろう、グバイドゥーリナ、野平一郎、ショスタコーヴィッチ14番だ。







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