Concert Report#443

ミハイル・プレトニョフ/ロシア・ナショナル管弦楽団/樫本大進
2012年6月11日(月) @東京・オペラシティ・コンサートホール
Reported by 伏谷 佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

ミハイル・プレトニョフ(Mihail Pletnev;指揮)
樫本 大進(Daishin Kashimoto;ヴァイオリン) *
ロシア・ナショナル管弦楽団(Russian National Orchestra;管弦楽)

グラズノフ:
組曲「中世より」op.79
ベートーヴェン:
ロマンス第2番ヘ長調op.50 *
チャイコフスキー:
憂鬱なセレナーデop.26 *
ワルツ・スケルツォop. 34 *
懐かしい土地の思い出op.42〜メロディ*
<休憩>
チャイコフスキー:
バレエ音楽「白鳥の湖」op.20 (プレトニョフ編);
1. 導入曲
2. 第1幕;第1曲 情景
3. 第1幕;第4曲 パ・ド・トロワ
4. 第1幕;第5曲 パ・ド・ドゥ
5. 第2幕;第1曲 情景
6. 第1幕;第7曲 スジェ
7. 第1幕;第8曲 乾杯の踊り
8. 第2幕;第11曲 情景
9. 第2幕;第13曲e オデットと王子
10.第3幕;第19曲 導入
11.第4幕;第28曲 情景
12.第4幕;第29曲 情景・終曲

リベラル・中立なソリスト集団の音

ペレストロイカ時代の時の大統領・ゴルバチョフと意気投合したプレトニョフが、「国家・政府から独立したオーケストラを」との思いで1990年に設立したロシア・ナショナル管弦楽団 (Russian National Orchestra/以下RNO)。ロシア国内外の篤志家や財団からの援助で運営されている民間団体のオーケストラとして、現在でも異彩を放つ存在である。その音色はいかがなものであったかといえば、生活感や背後に潜む激動の歴史をことさら匂わせることなく、器楽を鳴らすことを全うする、という極めてシンプルな命題に各々の団員が習熟した成果がある。精鋭のソリスト集団の音は、よく言えばとてもリベラル・中立。しかし、プログラムから推察される濃厚なロシアの香りを求めて駆け付けた輩にとっては少々ドラマ性に乏しい、と思われたかもしれない。プレトニョフという、スコア・リーディングの深遠さ、色分けの多彩さに関して類を見ない音楽家に率いられれば尚のこと、勢いに任せた荒削りの大波は立ち現れない。その代わり、細部に至るまで筆致がくっきりと描かれる。オーケストラとしてのまとまりと同時に、各パーツ・各奏者のすぐれた資質をも浮き彫りにする音楽づくりである。RNOは独立したソロ・プレーヤーの集まりですよ、と曲を追うごとに巧妙にプレゼンテーションしてゆくのだ。


着実にムードでひた寄せるプレトニョフの音楽性

冒頭のグラズノフで、オーケストラの美質がさまざまな角度から照射される。まず「プレリュード」での弦と管の音の求心力の高さを。粘着質に秀でた音色が、円錐形に、垂直に立ち昇ってゆくのが目に見えるかのようだ。美しい造形である。続いて「スケルツォ」では、リズムに特化しつつも、ヴィブラートの箇所などに聴き耳を立てると、不思議と瞬間の着実さがクローズアップされ刻まれてゆく (沈着、というプレトニョフの個性を今さらながら確認する)。「吟遊詩人のセレナーデ」では、ハープと高音弦のメロディ楽器としての存分な歌心を、引っ張りだしては底へと突き放す、効果的な遠近法で音は練り上げられ、空間にひずみがゆたかな綾を生む。「終曲、十字軍騎士」に至っては、きわめて形式ばった堅牢なリズムのなかで、中音域の肉厚さをえぐりだす。決してヒートアップせずに、周到に淡々と場面を切り替えながら「凄み」だけを出す。さすがプレトニョフである。押しつけがましさがない。与えるのはムードのみ、あとはこちらの想像力の問題である。


音楽の真のスリルとは〜樫本のソロ

さて、樫本大進を迎えたべートーヴェン&チャイコフスキーの名曲4曲は、「ソリスト」というものについて考えさせられる調和のとれた仕上がりであった。樫本の演奏は、良い意味で音色の情緒が安定している。大仰な弓の撓(しな)いや弦の軋みで聴衆の興味を煽る必要が全くないのだ。その構えにはおおきなゆとりがあり、繊細でエッジの効いた高音部も巨大な氷山の一角のように自然に顕在する。バックグラウンドに横たわる莫大なものをつねに感じさせるのだ(器といえばそれまでだが)。その音の重心の据わりと輝かしい艶は、オーケストラと融和すると、ひときわ高貴に抜きんでる。この一見地味に徹したような華やぎは、チャイコフスキーの「メロディ」でいっそう充実してくる。ここでも重音にきわどい迫力を効かせてソリストとして目立つことはせず、オケの一翼を担ってハーモニー全体の膨らみを出すことに傾注する。さすがベルリン・フィルのコンサートマスター、合奏というものを内側から知り尽くしている。音は部分ではなく全体として降り注いでこそ真のスリルを生むのだ。ソリストが洗練と余裕の度合いを増すほどに、オーケストラの各部の充実も露見するしくみである。あえて背後へ回るような成熟は、自ずと銘器グァルネッリの渋い音色をも引き立てる。


完成度の高さが生むものとは

休憩を挟んでの後半は、プレトニョフ選曲・再構成による「白鳥の湖」コンパクト版。大曲の醍醐味を損なうことなく、よく練られた選曲である。その演奏は、RNOが選り抜きのプロ集団であることを、良くも悪くも再び意識させるものであった。器楽奏者としてエリートならではの到達点の高さが生む、ある種の統一感。サウンドは伸縮性に富み、縦横無尽に小回りのよい動きを見せるが、音質の点でいささか揃いすぎている。複雑で重厚な層を造りだすというよりは、そのまま線としてのしなやかさ、力強さで押してくる。いかなる音量でもラインの太さが変わらない。これは美点でもあるが、ふとした瞬間に聴き手に魔がさす隙を与えもするのではないか。同様に、プレトニョフのほとんど所作に近いミニマルな動き、平時の冷静さのなかでの深い没入にも唸るものはあるのだが、もう少々表立って波風をたてて欲しい、と途中で思わないでもない。もちろん、終曲へ向けてのエネルギーの溜め、クライマックスでおおきな花火を打ち上げるための仕掛け、と捉えることもできるのだが、あの最後の盛り上がりは指揮者の牽引というより、パーカッション部隊のすぐれた身体性がそのまま発揮された結果、という印象をもった。なかなかの起爆力である。また、この日のプログラムを通し、オーボエを中心とした管パートが果たした役割はおおきい。(*文中敬称略)









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