Concert Report#451

日本フィルハーモニー交響楽団 第642回東京定期演奏会
日本フィル・シリーズ再演企画
2012年7月14日(土) @サントリーホール
Reported by 多田雅範
Photos by林喜代種

日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:下野竜也
ピッコロ:遠藤剛史【日本フィル団員】*
バス・クラリネット:伊藤寛隆【日本フィル首席奏者】*
コーラングレ:坪池泉美【日本フィル団員】*
トランペット:オッタヴィアーノ・クリストーフォリ【日本フィル客演首席奏者】*
ヴィブラフォン:福島喜裕【日本フィル団員】*
ヴィオラ:小池拓【日本フィル首席奏者】*
箏:片岡リサ**
三味線:野澤徹也**
尺八:石垣征山**
邦楽打楽器:望月太喜之丞・黒坂昇・冨田慎平**
竜笛:西川浩平**
ドラムス:三浦肇**
ギター:尾尻雅弘**

曲目
戸田邦雄:合奏協奏曲「シ・ファ・ド」 1968 【日本フィル・シリーズ第19作】*
山本直純:和楽器と管弦楽のためのカプリチオ 1963 【日本フィル・シリーズ第10作】**
黛敏郎:弦楽のためのエッセイ 1963 【日本フィル・シリーズ第9作】
松村禎三:交響曲 1965 【日本フィル・シリーズ第14作】

http://www.japanphil.or.jp/cgi-bin/concert.cgi?action1=preview_details&seq=694

日本フィルの結成披露演奏会が1956年9月23日、第1回定期演奏会が57年4月4日。第2回定期演奏会57年5月28日に、はじめて日本人の作品、黛敏郎『フォノロジー・サンフォニック - 交響的韻律学 - 』が委嘱作品として登場している。いずれも指揮は渡邉暁雄で、日フィルと渡邉は“オーケストラが作曲家の暮らしを半年か1年程度は保証し、余裕を持って創作に励んでもらえるようにすべきだ”との主旨から「日本フィル・シリーズ」がスタートした。

黛敏郎作品はまだシリーズと名付けられていなかったが第0回として定義付けられるだろう。「日本フィル・シリーズ」の作品リストは、ここに掲げられている>http://www.japanphil.or.jp/orchestra/series/ 第1回は矢代秋雄『交響曲』。黛も矢代も28歳の作品である。まさに天才である。

この「日本フィル・シリーズ」のアーカイブだけでプログラムされたのが、この日の演奏会だった。

前半は、レアアイテムとなった戸田、山本作品。後半は古典となった黛、松村作品。

選曲をしたのは、指揮者の下野竜也。2月に松村禎三のオペラ『沈黙』(http://www.jazztokyo.com/live_report/report407.html)を指揮した下野だ。

日本に十二音技法を持ち込んだ外交官でもあった戸田邦雄の作品は、慎重に新しい戦後の現代音楽の思考を楽譜に埋め込んだ、あくまで骨格は古典的なところに立脚した懐かしささえ漂わす作品で、21世紀になって再評価されるべき作品に聴いた。楽器の編成や、楽想の躊躇するようなもどかしい感じが実に新鮮。新しい技法だけに依拠しない、抱え込んだものを捨て切らない精神のありようをいとおしく感じた。

作曲家を父に持ち少年時代は齋藤秀雄に指揮を習い芸大へ進んだ山本直純の30代になったばかりのまだ無名な時代に委嘱された作品は、琴から和太鼓、三味線、木魚がオケに混在し、ジャズやら行進曲、ドラムソロ、「エンヤコラ」のかけ声までが構成されたトンデモ作品だった。指揮者の下野は、この日のプログラムで取り上げた作曲家で唯一交流があったのが山本で、その暖かい交流をプレトークで披露していたけれども、快挙である。サントリーホールがお祭り騒ぎの大歓声である。その後67年森永エールチョコレートCMソング「大きいことはいいことだ」で国民的有名人になった山本直純のオリジンがここにあった。

後半は、すでに『涅槃交響曲』『バレエ音楽《舞楽》』で華々しい成功を手にしていた黛作品から。まさに、雅楽黛トーンが横溢した絶対的なサウンド宇宙。その後50年、ヨーロッパやアメリカは、黛を雅楽をどこまで認識したか、オリエンタリズムとは違う触手で現代の欧米の作曲家が黛の遺伝子をリレーしているのではないかと21世紀になってもCD探しをする我々はどこかで期待していたりするのであるが。

そして本日のハイライト、松村禎三の『交響曲』。これにはもう言葉がない。クラシックのすごいところは、スコアが残って、再現できるところだ。なんてことを書いているのだろう...。時代の空気とか同時代性までは再現できないのは言わずもがな。しかし、これはいくら高価なオーディオで再生しても、このホールで鳴り響く全身的体験には及ばないし、改めて現代音楽のちからを思い知らされた。現代音楽とはオーケストラの表現である、と思い続けてきたけれども、こういう音楽体験はほかのジャンルではできない。再度、なんてことを書いているのだろう...。

片山杜秀が解説で「黛がよくタテの揃ったストラヴィンスキーの《春の祭典》のアレグロ部分やジャズのビック・バンドのような明晰でドライなダイナミズムをしばしば志向するのに対し、松村はタテのややずれて判然とせず、たくさんの線が互いが狭い音程の中でもつれ合うような、かなりぐちゃぐちゃした響きに溺れてゆく傾向を有する。ここが両者の個性の相違だ。」と記している。

黛の音楽に触れたのちに、たとえば『舞楽 春鶯囀一具(しゅんのうでんいちぐ)』(http://www.jazztokyo.com/column/tagara/tagara-26.html)に出会うと、少しは黛の理知に対して立体的な手がかりを得られたような気になったりしたが、松村のコレは一体何なんだろう。黛が若きスターとして活躍していた頃の松村は結核療養所で死線をさまよっていたという。ふたりには10年ほどのキャリアのズレがあり、この『交響曲』1965が松村にとっての登場であった。

松村の『交響曲』を聴いて作曲家を志した吉松隆のブログが面白い。
http://yoshim.cocolog-nifty.com/tapio/2010/11/post-570e.html http://yoshim.cocolog-nifty.com/tapio/2007/09/post_5ec0.html
松村は、びっしりと膨大な音が蠢いているスコアを書くその執念の根源について、「実はこれは若い頃に結核病棟で死を思いながら覗き込んでいた便所の底のウジ虫の群れ(地獄のイメージ)なんだ」と話したという。うえええ。

そのような知識も無しに松村禎三『交響曲』には、精神の異界を見せつけられた気がしている。

アイフォンやグローバリゼーションや国道16号的風景で、世界はひどく平坦でつまらないもののように映る。コンサートが終わって、テレビは代々木公園「さようなら原発10万人集会」や大津市中学生いじめ自殺を報道している。わたしの今これを書いている現実に、松村禎三『交響曲』は問いかけているように感じているが、その理路はわからないままでいる。

コンサート評とはズレてしまった。下野の指揮は、明快できめ細かくパワフル、ある意味カンペキである。日本の現代音楽への理解という点では、わたしは沼尻竜典の視点と指揮も体験してみたいと思っている。ふたりとも名前に「竜」の文字があるのね。西のドラゴン、下野竜也。東のドラゴン、沼尻竜典。

日本の現代音楽はNHK「現代の音楽」アーカイブシリーズ(http://www.value-press.com/pressrelease/78596)もあって、今が旬である。このコンサート・シリーズの次回も要注目だ。

※パンフレット表紙イラスト:小澤一雄


戸田邦雄 作品


山本直純 作品の邦楽演奏者たち


黛 敏郎 作品


松村禎三 作品


指揮する下野竜也



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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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