Concert Report#453

東京オペラ・プロデュース オペラ『エロディアード』
全4幕 原語(仏語)上演 日本初演
2012年6月23日 @新国立劇場中劇場
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林 喜代種

作曲:ジュール・マスネ
原作:G.フロベール
台本:P.ミリエ、H.グレモン

指揮:飯坂 純
管弦楽:東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団
合唱:東京オペラ・プロデュース合唱団
演出:八木清一
美術:土屋茂昭
照明:成瀬一裕

【主なキャスト】(ダブルキャストの1日目)
エロディアード(ソプラノ):福田玲子
サロメ(ソプラノ):鈴木慶江
ジャン(テノール):星 洋二
エロデ(バリトン):杉野正隆

19世紀後半フランスのグラン・トペラ(グランド・オペラ)の典型

J.マスネ没後100年記念公演。1881年初演、マスネ39歳の出世作とされる『エロディアード』の貴重な日本初演である。バレエで華やかに彩られる宮廷シーン、虐げられた民衆の苦悩の叫び、それを先導する高潔な指導者の力強い朗唱、ひたすらに彼を慕う清らかな乙女。19世紀後半フランスのグラン・トペラ(グランド・オペラ)とはこういうものか、その典型を見せてもらったような、貴重な公演だった。

新約聖書のサロメの物語を下敷きにした作品。その点はリヒャルト・シュトラウスの『サロメ』と同じだが、原作はかのオスカー・ワイルドではなく、それよりも10年以上先だって発表されたG.フロベールの短編小説という。この時代に、なぜこれほどサロメのストーリーが名だたる文学者たちを惹きつけたのか、非常に興味深いが、それはさておき、マスネのオペラはフロベールの原作とは構造も筋立てもかけ離れていて、それは2人の台本作家による換骨奪胎の結果であるらしい(プログラムの岸純信氏の解説に詳しい)。

舞台はキリスト生誕から30年後のエルサレム。ローマの支配に怯えるイスラエルの人々、統治するエロデ王(杉野正隆)と王妃エロディアード(福田玲子)、王と王妃にさまざまな進言をする占星術師ファニュエル(佐藤泰弘)、サロメ(鈴木慶江)、預言者ジャン(星洋二)、皇帝の代理としてエルサレムにやってくるローマ総督ヴィテリウス(和田ひでき)、が主な登場人物。
王妃の不行状を非難し終幕で処刑される預言者、サロメに恋心をいだく王、まではR.シュトラウスと同じ。ところがマスネの本作では、サロメはなんと奴隷の身分であり、生き別れた母を求めてさすらう苦労人である。しかも彼女は預言者ジャンにひたすら清らかな愛をそそぎ、はじめは聖職者として彼女を拒絶していたジャンも、やがて恋に苦しむ男となり、最後は彼女の愛を受け入れる。終幕、ジャンの助命を王と王妃に懇願するサロメ。だがすでに処刑は行われていたのを知り、逆上して王妃に刃を向ける。ところがなんと、ここに至って王妃が、自分こそあなたの母だと言明。絶望したサロメはみずから命を絶つ。

グラン・トペラに必要な要素をすべて、これでもかと盛り込んだ筋立て、と言えようか。初演当時は大評判だったというから、台本作者たちの創意工夫は功を奏したわけだ。しかし現代において再演の機会が少ないのは、後発のR.シュトラウスの影にかくれてしまった、からだけではないだろう。恋する預言者も美しい女奴隷も、メロドラマとしてはありがちだからまあいいとして、筆者が驚いたのは、ジャンの処刑が決まる場面。これは聖書に描かれるキリスト・イエスの裁きの場そのものである。洗礼者ヨハネとイエスが混同されている!? 根本的な誤解である。オペラの台本を書くようなある程度の知識人が、こうしたストーリーを書いてしまえたという事実、そしてそれを当時の聴衆が喜んで観ていたという事実。19世紀西欧のキリスト教信仰(聖書理解)とはこんな状況だったのだろうか。別の意味で興味が湧くテーマではある。

主要キャストでは、サロメの鈴木慶江が、演じがいのある役回りでもあり、魅力的だった。安定した歌唱、品のよい清純さと華やかさを兼ね備えたたたずまい。第1幕でジャンへの敬愛の念を歌うアリアは忘れがたい美しさ。幕切れ、ジャンの助命を懇願する哀切さから一転、刃を手にした激情の姿まで、振幅の大きい役を力演していた。対するタイトルロール(王妃エロディアード)は、メゾソプラノ音域の迫力ある声を要求する、際立った存在感の役。福田玲子の特色ある声は強い印象を残した。ただ、サロメほど丁寧にキャラクターや心情が描かれておらず、まとまったアリアもないので(たとえていえば、リュウに対するトゥーランドットの出番が半分くらいになった感じ)、演者には少し物足りない役だろう。ジャンの星洋二は、不調だったようだ。第4幕1場、地下牢でサロメへの揺れる思いを歌う場面は、もっと美しく力強く聞けたはずのアリアで、少し残念。エロデの杉野正隆は安心して聴ける歌唱と豊かな声。そのため、人間的な弱さ・愚かさを見せつける権力者というより、どちらかといえば堂々たる王様が似合いそう。嫌らしさや卑屈さがもう少し強調されてもよかったかもしれない。

八木清一の演出は、いつも簡潔かつ明快で、ところどころに新鮮な工夫を見せてくれる。でも今回すこし物足りなかったのは、奴隷、民衆、預言者、王と王妃、ローマ総督といった、身分の高低差の大きい登場人物たちが、いつも同じ平面に並んでいたこと。ローマ総督登場の場面は特に、立場の大きな差を見せつけないと、あの場面の民衆の劇的な変化がわかりにくいのではないか。指揮者(飯坂純)とオーケストラは、規模の大きなこの作品をよくまとめていた。再演の機会があれば、細部までもっと練れた、メリハリある表現が深まっていくだろうと感じられた。











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