Concert Report#454

東京二期会オペラ劇場
ピエトロ・マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』
レオン・カヴァッロ『パリアッチ(道化師)』
2012年7月14日 @上野文化会館 大ホール
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林 喜代種

指揮:パオロ・カリニャーニ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:二期会合唱団・NHK東京児童合唱団
演出:田尾下 哲
装置:幹子 S. マックアダムス
衣装:小栗菜代子
照明:沢田祐二

【主なキャスト】
『カヴァレリア・ルスティカーナ』
サントゥッツァ(メゾソプラノ):清水華澄
トゥリッドゥ(テノール):大澤一彰
ルチア(メゾソプラノ):池田香織
アルフィオ(バリトン):松本進
ローラ(メゾソプラノ):澤村翔子

『パリアッチ』
カニオ(テノール):片寄純也
ネッダ(ソプラノ):高橋絵理
トニオ(バリトン):上江隼人
ペッペ(テノール):与儀 巧
シルヴィオ(バリトン):与那城 敬

イタリア・オペラの王道。素晴らしい公演

素晴らしい公演だった。イタリア・オペラの王道、聴けそうでなかなか聴けないヴェリスモの名作2本を、これほどしっかりとした演出、優れた指揮による管弦楽、充実した歌手陣で堪能できるとは。二期会創立60周年記念公演、さすがである。

歌手陣のまばゆいばかりの声の競演はさておき、まず、指揮のパオロ・カリニャーニが素晴らしい。きびきびとメリハリの効いた運び、それでいて歌う旋律では、美しい音、自然なフレージングで、つややかに、伸びやかに歌う。これぞイタリア・オペラ。弱音の合唱(特に『カヴァ』の結婚式の女声合唱)の美しさには惚れ惚れした。有名な間奏曲は、これが聴けただけでもう十分に幸福だと思ったくらい。

もうひとつの呼び物、演出(田尾下哲)が、期待にたがわず面白かった。遊び心と才気、それでいて落ち着いた品の良さ、バランス感覚もある。『カヴァ』と『パリアッチ』とでまったく違う方向性の演出を見せてくれて、楽しかった。非常に高いクリエイティヴィティを感じさせる逸材。これからもいろいろな演目で自由自在に遊んで、楽しませてほしい。

歌手陣で印象に残るのはまず、『カヴァ』のトゥリッドゥ、大澤一彰。線の細さを感じるところもあったが、高音の美しさは出色。「お母さん、あの酒は強いね」では一転、骨太でドラマティック。ローラを演じた澤村翔子は舞台姿の美しさが記憶に残る。妖艶さもよし。出番が少なく残念だった。もっと聴いてみたい。サントゥッツァ・清水華澄は、トゥリッドゥをかきくどく「泣いて頼んでいるのよ」、迫力があって素晴らしい。ただ、これは好みの領域だろうが、筆者には清水の声が全般に息が多く拡散気味に聞こえて惜しいと感じられた。アルフィオ(松本進)は不調だったのか、登場のシーンが最もよくなかった。かけあいで、合唱に対抗する声が出ていない。だんだんと持ち直したが、直情径行の男の凄みが今ひとつ。
『パリアッチ』のカニオ・片寄純也は、「衣装をつけろ」をはじめ、文句なしの出来映え。二期会オペラ・デビューというネッダの高橋絵理もそれに負けない声と演技。舞台上の動きが良い。トニオの上江隼人は毒のある役だが、歌唱にそれを適度ににじませ、演技巧者。シルヴィオの与那城敬も、ネッダに駆け落ちを迫るシーン、美しい声にのせた切々たる心情が胸をうち、忘れがたい美しさだった。

演出と装置について少し。『カヴァレリア』は簡素な装置、モノクロの色調で、最初から不穏さのただよう舞台。開幕、前奏曲にのせて、トゥリッドゥとローラがすでに不倫の関係にあることが沈黙のうちに示される。たいへん印象的。またここですでに、群衆(合唱)が、登場人物の動きを常に見ている「世間」を示しているのがよくわかる。対して、サントゥッツァはつねに舞台上にいて心情を暗示している様子だが、それはすこしわかりにくい。
『パリアッチ』は一転して、現代のテレビ・スタジオを模したカラフルな舞台。ここでも「世間の眼」が重要な役割を果たすのだが、その「眼」はこの作品では「カメラ」によって象徴される。『カヴァ』を先に観たことで、そのことは漠然とではあるが、伝わってくる。プログラムに掲載された演出家の言で、読み替えの意図はより明瞭。劇場を囲む「観客席」の装置、そこに集う群衆の使い方が巧い。劇中劇でネッダが殺される終幕、これまではカメラが象徴してきた「世間」に生身の群衆が加わって、惨劇の一部始終をそれとは知らずに見守る。筆者はここで、かつての豊田商事会長刺殺事件を思い出した。大勢のマスコミとテレビカメラの前で起こった惨劇である。
不満といえば、『パリアッチ』の劇中劇が始まって、本番のカメラが回っているとき。カメラがとらえている情景と、その外で展開されているドラマとのコントラストがはっきりしない。そこをもっと明瞭にしないと、カメラの意味がなくなる。また、惨劇が起こりつつあるのに、シルヴィオがいつまでもカメラのそばでただ立ち尽くしているように見える。カニオの衣装も、本番ではもう少し道化らしくないと、最初からリアル劇のようで、笑えない、などなど。演者の動きが演出の意図をより明確に伝えるレベルにまで練れていくには、時間が足りなかった、のかもしれない。

最後に、よけいな文句を一つ。プログラムのデザインが大変凝っていて、新鮮なパワーは感じられるものの、読みにくい。また、関係者の顔写真がノド(綴じ代)に配置され切れてしまって見えないのは失礼。ほしい情報が、すぐに的確に見つけられること、文章が装飾にじゃまされず、落ち着いて読めることを最優先に、デザインしてほしいものである。













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