Concert Report#455

東京フィルハーモニー交響楽団第821回オーチャード定期/渡邊一正/中村紘子
2012年7月22日(日) @オーチャードホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

指揮:渡邊一正(Kazumasa Watanabe)
ピアノ:中村紘子(Hiroko Nakamura)*
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:三浦章宏)

マルケス:ダンソン第2番
グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調op.16*
-休憩-
ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調「新世界より」op.95

音の凝集・掃いのダイナミズムにすぐれたピアニストの顔をみる----渡邊一正の指揮

当初、このコンサートはべネズエラの若手指揮者、クリスチャン・バスケスの日本におけるデビューとなるはずであったが、身内の重病により急遽来日がキャンセルに。プログラムの曲目はそのままに、渡邊一正が指揮を代行することとなった。当然、マルケスのダンソン第2番などは、作曲者とおなじ南米出身のバスケスが振ることで、その血がたぎるようなラテンのエキゾチズムを味わいたいというファンも多かったであろうが、渡邊一正によるダンソンもなかなかのまとまりを見せていた。さすがピアニストと二足の草鞋を履くだけあって、スコアの深い分析と層分けは手練れである。音の振り払いも潔い。各パートのソリストとしてのすぐれた能力が自然と浮き彫りにされ、それが曲の構成・進展とうまく噛みあう。金管と弦とのバトンタッチも、うつくしい筋肉の隆盛をみるかのごとき翻(ひるがえ)りだ。躍動感に溢れた音色の折り重なりのなかで、トランペットを中心とした金管がエッジの効いた冴えをみせる。パーカッションとしての音色に特化した、オーケストラ・ピアノもフォーカスが良い。全体としてオープニングに相応しい優雅な軽やかさを出してはいたが、欲をいえば、場面の切り替わりにおける色彩の明暗のコントラスト、厳かなドスなど、もう少々大仰なドラマがほしい気がした。


キャリアが生む空間把握力、音間で語る中村紘子

この日の目玉ともいえる中村紘子によるグリーグ。やはり「スター」の演奏である。ステージにおける圧倒的な華やかさと貫録は、聴き手の意識を鷲掴みにするものをもっている。「コンサート・ピアニスト」としての根本的要素について、今さらながら納得させられるのだ。果たしてその演奏は、律儀と評してもよさそうなほどの粒立ちの良さで構成されている。有名な冒頭部をはじめとした強音の部分は、垂直な音色の響きで音の伸びという点ではドライにすら感じられ、高音になると音が沈みがちに聴こえたりもする。しかし、ここが場数の違うヴェテランの所以であるが、音そのもののパレットの多彩さよりも、音間で語るピアノなのである。空間把握力とでもいうのであろうか、ポエジーや情念が「節回し」として巧妙にニュアンスや跳躍のなかへ組み込まれる。若いピアニストにありがちな技巧のヴィルチュオズィティや外向的な音色の鮮やかさ、そういったものを外したところで立ちのぼる楽曲の豊かさ。テンポも終始ゆったりとすすめられる。白眉は第1楽章のカデンンツァで、天然のドローンともいえそうな低音部の柔らかな波動は、弱音になればなるほどに戦慄の度合を高めてゆくようだ。このコンチェルトに至っては、オーケストラの音色もさらに透明度を増し、ピアノとの橋渡しのなめらかさは時に映画音楽のような饒舌さをみせる。とりわけ弱音がピアノからオケへと伝播してゆく様はうつくしい。中村紘子は、肉体のコンディションの変化に応じ、その都度最適にフィットするピアニズムを深化させているようだ。主導しつつ隙間を埋めてゆく、舵取りのしなやかさ。華やかなパッセージにしても、バス音でのアタックの起点の良さが、高音部の弱さを自然な息づかいとしてカヴァーする。ペダルもあくまで音の律動を際立たせるためのものであり、甘さの演出としては要しない。フィナーレに向けて躍動が高まるにつれ、タッチの実直な「当たり」の衝撃でぐいぐいと音楽を推進していったのにも充実感があった。渡邊の指揮も、ピアノの音量の微妙な変化に呼応する柔軟性を発揮していた。


名曲の鮮度をたもつ、確かな線描のヴァラエティ

さて、後半のドヴォルザークである。まずこの曲は、金管パートが決まらなければ全く様にならないのであるが、さすがは東フィル。ホルンやチューバなど、ここぞというときの音色の絞りは実にピントの効いたものだ。弦とのバランスも秀逸であり、渡邊の指揮も各々の音流のシャープな切れ込みを可能たらしめる、瞬発力に長けたものだ。弦楽パートの響きは華やかというよりは、単色のリトグラフに近い、輪郭のくっきりとした線描力を感じさせる。第1楽章でみせた水位が上がるような横溢感、ラルゴにおける風を孕みながら場の空気を攪拌するヴィブラートなど、その成熟ぶりが自ずと音楽を盛り上げる。ただ、やはりプログラムがバスケスの指揮を前提とした、民族性のヴァラエティに訴えるものであっただけに、南米〜北欧〜中欧という出自の推移を、音楽で紀行するというドライヴ感までには至らなかった。思慮深く重層的な音楽をつくる渡邊一正に最適なプログラムは、もっと別のような気がしたが、急場の対応でここまでの力を発揮できるのはさすがである。(*文中敬称略。Kayo Fushiya)

追記:この日の公演をもって、トランペット・パートの長倉穣司氏が定年退職された。指揮者や楽団員からももちろん、演奏会の幕が下りてのち客席のどこからともなくさざ波のような拍手と「お疲れ様」の掛け声が起こったことは、思わずほろりとさせられる出来事であった。演奏会というものは、会場から外に出るぎりぎりの一瞬までの感慨を含むものだと実感した。











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