Concert Report#457

ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ聖歌隊コンサート2012
「祝典の歌 英国王室の祝典音楽」
2012年7月27日 @東京オペラシティ コンサートホール
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林 喜代種

指揮:アンドリュー・ネスシンガ

ロバート・パーソンズ:アヴェ・マリア
アルヴォ・ ペルト:晩禱
セルゲイ・ラフマニノフ:晩禱 op. 37-6「生神童貞女や慶べよ」
J.S.バッハ:フーガ ト長調 BWV 541/2(オルガン・ソロ)
ジョン・シェパード:「西風のミサ」より(1)グローリア(2)アニュス・デイ
ヘンリー・パーセル:「主に仕える諸々の僕よ、主をほめまつれ」
エドワード・エルガー:「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
ベンジャミン・ブリテン:「キリストによりて喜べ」op. 30
ウィリアム・ウォルトン:戴冠式行進曲「王冠」 (オルガン・ソロ)
チャールズ・H.H. パリー:「私は歓喜した」op. 51
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ:「味わい、知れ、主の恵み深さを」
ジョン・タヴァナー:「アテネのための歌」
ウィリアム・マシアス:「神よ、諸国の民があなたをたたえ」op. 87

 17世紀以来の伝統をもつ英国の名門聖歌隊が来日、王室の祝典音楽(東京オペラシティ)と、英国国教会の伝統音楽(サントリーホール)と、二種類のプログラムで東京公演をおこなった。筆者はそのうち、オペラシティでの公演を聴いた。指揮は、2007年にこの聖歌隊の音楽監督に就任したアンドリュー・ネスシンガ。

 前半は主にア・カペラ、後半はオルガン伴奏つきの曲というプログラム。筆者はまず前半の無伴奏の演奏で、この聖歌隊のアンサンブルの技術の高さに驚き、独特の発声に驚いた。なんという美しさ。なんという独特な音色。最初の歌い出しから、圧倒的な身体的な快感で音楽に引きこまれ、永遠にこの演奏が続いてほしいとさえ思った。舞台の上の合唱団の声を聴いているはずなのに、まるで自分の内なる根源から響いてくる声に耳を傾けているような、めったに得られない、不思議な体験であった。

 筆者は高校時代から合唱団員として、数年にわたって、集中した訓練を受けた。その経験からしても、この聖歌隊が非常に独特な技術を身につけていることがわかる。どうしたらこのような音響が可能になるのか、その謎を解明したいという気持ちに駆られた。まず、曲の終わりの声の消し方(消すというよりも、その空間の空気に溶けこませていく感じ)に、一つの大きな特色がある。さらに、互いの声部(パート)の響きをよく聴き、それに自身の声を溶け合わせていく、独特の技術を身につけている。言葉にするとあたりまえのようだが、これを身体的な技術として、いかなる空間に立たされても必ず実現できる、というレベルで身につけるのは、容易なことではない。

 舞台の広い雛壇の上の並び方からして独特だった。世界的にみても日本は有数の「合唱国」、全国津々浦々でこれほど盛んに合唱がおこなわれている国は珍しいし、発声もアンサンブルの技術も非常に高い。しかし彼らは、日本の合唱団では見られない独自の方法でもって、この聖歌隊でしか聞けない音響を実現している。かなり密集した形で雛壇に並び、まっすぐ客席に向かうのではなく、互いに音を聴き合うためと思うが、身体を客席に対し斜めにしたり、すこし首をかしげるような前傾姿勢をとったり、音楽の流れに合わせて、つねに身体の状態を調整している。非常に有機的というのか、まるで全員で一つの大きな生き物のようだ。聖歌隊といえば、天使の歌声、人間のものとは思えないハイトーン・ヴォイス、を想像するかもしれないが、この聖歌隊の響きは、実に人間くさく、あたたかい。

 前半のア・カペラでは、アルヴォ・ ペルトの「晩禱」が、短いが非常に印象的。美しい。この聖歌隊の声の特色がよくわかる。ラフマニノフの「生神童貞女や慶べよ」は、この作曲家の新しい一面を発見するような、端正でシンプルな喜びに満ちた曲。オルガン・ソロをはさんでシェパードの「西風のミサ」は、力に満ちた大作。前半最後のパーセルではオルガンが加わり、3人のソロと合唱のかけあいが新鮮。華やかで祝祭的な、パーセルらしい音楽である。

 後半の聴きどころは、圧倒的に、ブリテン「キリストによりて喜べ」であった。最高音のトレブル(ボーイ・ソプラノ)からバスまで、各パートから順々にソリストが前に出て、まとまったソロ曲を歌い、全員での合唱を挟んで交代していく。各曲がまったく違った風合いをもち、これでもかというほど斬新な創意工夫が盛り込まれていて飽きさせない。オルガンとの絡みも非常に面白い。ブリテンの面目躍如である。そしてオルガン・ソロのウォルトン、行進曲「王冠」は、1937 年、ジョージ5 世の戴冠式のために作曲されたものという。華やかさと荘重さを兼ね備え、才気を感じさせる曲想の変化が楽しかった。
 以降、ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式でも歌われたというチャールズ・パリーの「私は歓喜した」、先ごろ即位50年を祝ったエリザベス2 世の戴冠式(1953年)のために作曲されたヴォーン・ウィリアムズの「味わい、知れ、主の恵み深さを」など、ロンドン五輪の年にふさわしい、英国王室ゆかりの音楽が続く。なかでも、1997 年、ダイアナ妃の葬儀で歌われたというタヴァナーの「アテネのための歌」は、哀切で美しく、荘厳な響きが忘れられない。最後は、チャールズとダイアナの結婚式のために作曲されたという、祝祭的な華やかさをもつ規模の大きな作品、マシアス「神よ、諸国の民があなたをたたえ」で幕を閉じた。あっという間の2時間であった。









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