Concert Report#464

東京フィルハーモニー交響楽団第822回サントリーホール定期
アロンドラ・デ・ラ・パーラ/村冶奏一
2012年9月12日(水) @東京・サントリーホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

指揮:アロンドラ・デ・ラ・パーラ(Alondra de la Parra)
ギター:村冶奏一(Soichi Muraji)*
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団(コンサート・マスター:三浦章宏)

モンカーヨ:ウアパンゴ
ロドリーゴ:アランフェス協奏曲*
タレガ:アルハンブラの思い出(村冶奏一による幕間アンコール)

ブラームス:交響曲第1番ハ短調op.68

サウンドの遠近法に傾注した渋めの演出...モンカーヨ作品

美貌の誉れ高きメキシコ人女性指揮者アロンドラ・デ・ラ・パーラを迎えたこの日の定期は、彼女の若々しいエネルギーが憑依したかのような熱が一貫して持続したステージであった。プログラムの筆頭は、お手並み拝見と言わんばかり、デ・ラ・パーラの自国メキシコもの。フォルクローレ色の強い舞曲調のモンカーヨ『ウアパンゴ』。暗譜で指揮するあたりにも意気込みが感じられる。強拍の大胆な踏み込みや裏拍子の洒脱な泳がせ方などに、その滾(たぎ)るようなラテンの血が垣間見えるものの、全体としては女性らしい成熟した包容力につつまれる。オーケストラの演出力も、派手な色彩感を出すというよりは、サウンドの遠近法に傾注した渋いものだ。冒頭のティンパニの音響感覚すぐれたエッジの鋭さといい、トランペットやトロンボーンなど管パートによる音色の寒暖のくっきりとした棲み分けが、弾力たっぷりに音楽をふくらませる。特筆すべきは弦楽パートで、細かなムーヴメントがそのままリズムとして音流を成しており、そうした音の塗り込めの基盤のうえで、パーカッションや管が自由に踊りでてきては謳う。メロディ隊とリズム隊が一瞬逆転したかのような闊達な楽しさがある。


技巧がそのまま抒情の横溢として結実する...村冶のギター

村冶奏一のギターによるアランフェス協奏曲は、モンカーヨとブラームスの1番といういずれも押し出しのよい楽曲の間にあって、ある意味清凉剤の役割を果たしていた。小さめのオーケストラ編成にアコースティック・ギターという、音量的に地味であるという事実ゆえに、村冶奏一のヴィヴィッドな感性とその澄み切った音色はよりいっそう際立つ。華やぎは少ないかもしれないが、村冶の弦の「ひとはじき」にはしっとりと豊穣な実在がある。音の透明度の点では高い到達点を誇る東フィルのヴァイオリン・パートと、そのギターの音色との個体差が、うつくしい二重の螺旋を描いてゆく。デ・ラ・パーラは細部に入念ながらも、軽やかなテンションを瞬時も失うことのない澱みなき指揮ぶりだ。楽曲の特性上、高音域に耳が慣れるなか、ひと筋の墨入れをするかのようなチェロの低音がとりわけ印象的だ。緩徐楽章における有名なギターとイングリッシュ・ホルンの掛け合いでは、村冶の成熟した抒情性が全開に。フレーズが保たれるぎりぎりのラインまで歌い込む。一見ホルンの伴奏に徹しているかのようなアルペッジョの部分でも、その抜群の粒立ちは拡散と求心の双方を併せもっており、一音とサウンド全体が同時に語る。従って、おおくの詩的な余韻がある。技巧の延長ではなく、技巧がそのまま高度な音楽性として、悉くメロディの横溢として結実しているのだ。年齢とそぐわぬほどの老成ぶりだが、後半のソロでみせた、ノイジーな低音のかき鳴らしなどにはやはり若い世代ならではの挑発性を感じる(なぜか少々ほっとする)。


起爆力と張力のすぐれたバランス感覚、女性ならではのブラームス

さて、後半は本日のヤマといえるブラームスの1番である。ステージに性別をもちこむことは野暮だと承知しながらも、やはりこの緻密に入り組んだ重厚なる大曲は、男性的な1曲と言わざるを得ないだろう。ウン・ポーコ・ソステヌートで始まる第1楽章でいかに壮麗な骨組みを打ち立てられるかが腕のみせどころだ。しかし、聴き手のこうした構えとは裏腹に、デ・ラ・パーラには何の気負いもない。ブラームス特有の陰鬱さは少々鳴りを潜めるかもしれないが、強音おおめにエネルギッシュに推進してゆく。そのエネルギーがオーケストラ全体へ、何の緩衝地帯もなしにすっと伝播していくのをこちらも皮膚で体感する。『ウアパンゴ』同様、とりわけ弦楽パートの地を這うような粘着質のグルーヴが迫力満点だ。波の寄せと退き際における指揮者の手綱捌きもダイナミックで、いかなる瞬間にも明確な主張がある。場面が塗り替えられるごとにヒートアップし、統一感を増していくようだ。続くアンダンテとアレグレットでは、弦のうつくしさは言わずもがな、オーボエをはじめとした管パートがふわりとした上昇気流をうみだし、下降する磁力にみちた第1楽章とは対照的な垂直性を高めていた。アンダンテ終盤におけるコンマス・ソロ、三浦章宏のヴァイオリンによる凛とした高貴さでコーティングされた、1本の弦の素材感、高音の持続力も忘れがたい。また、アレグレットから終楽章へかけて、ブラームス作品の仕上がりをおおきく左右するともいえる中音域の伏線の充実が手応えをもって引き出されてくるあたりにも、デ・ラ・パーラの躊躇なきヴィジョンがみえる。終楽章では、かの有名な「太陽のモチーフ」以降が白眉。快活で力強い音楽運びながら、そこにブラームスというより作品の素材であるクララ・シューマンの姿を重ねたひとが多かったのではないか。ヴィジュアル面からの影響もあろうが、何より生命の歓喜そのもののような起爆力をもちながら、程よく立体的なパースペクティヴが全体に維持されているところに、若々しさと母性的な器のおおきさが同居するのだ。不要なべたつきがなく、全体の骨組みという点で各部にバランスのよい張力が張り巡らされているのだ。クライマックスでは、通常よりも派手な金管とパーカッションの抽出、ダンサブルなアッチェレートに指揮者のDNAともいえるラテン性をみたようにおもった。厳密な意味でブラームスらしかったかどうかは別として、弱冠31歳。世界に光をもたらすマエストラである(*文中敬称略。2012年9月13日記)。


【関連リンク】
http://alondradelaparra.com/
http://www.jvcmusic.co.jp/murajisoichi/
http://www.tpo.or.jp/









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