Concert Report#465

レイ・チェン ヴァイオリン・リサイタル
2012年9月14日(金) @東京オペラシティ・コンサートホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

レイ・チェン(Ray Chen;vln)
ジュリアン・クエンティン(Julien Quentin:pf)

モーツァルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第40番K.454
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調op.108
<休憩>
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番BWV1004より「シャコンヌ」
サン=サーンス:ハバネラ
          :序奏とロンド・カプリチオーソ
*アンコール
グルック:メロディ
ヴィエニャフスキ:カプリース
ジョン・ウィリアムス:シンドラーのリスト

天性のステージ映え

コンサートイマジンの企画による、国際的に活躍する若手演奏家たちをフィーチャーした『未来のマエストロ・シリーズ』、2012年〜2013年のシーズン第1回目は、台湾系オーストラリア人のヴァイオリニスト、レイ・チェン(Ray Chen)の登場である。レイ・チェンはわずか8歳でオーストラリアの地元のオーケストラと共演、2005年16歳で渡米、フィラデルフィアのカーティス音楽院でアーロン・ロザンドに学んだ。2008年に早くもメニューイン国際コンクールで優勝、翌年にはエリザベート王妃国際コンクールで最年少出場者でありながら優勝し、一躍世界の脚光をあびた。その後は欧米でツアーをおこない、日本には2010年以降毎年来日を果たしている。

スター性に秀でたアーティストである。ステージでの押し出しのよい存在感は、おなじく中国系のラン・ランを彷彿させた。この日に演奏された古典から後期ロマン派までの超名曲の数々ではなく、むしろ玄人受けする渋めのプログラミングでこそちょうどよい据わりの良さが出るのではないか、とおもわれた。それほど存在に華がある。使用楽器は日本音楽財団から貸与されているという1702年製ストラディヴァリウス「ロード・ニューランズ」。その優美にして豪奢な高音を鳴らし切るのにまさにうってつけのタレントであろう。


ニュアンス巧みなピアニストに支えられる、強靭なパッションの持続

ヴァイオリン・リサイタルはデュオ・リサイタルの形態をとることが圧倒的におおいが、やはりピアニスト次第で質はおおきく左右される。レイ・チェンの卓越した才能は自明として、この日冒頭より脳裏に刻まれたのが、共演ピアニスト、ジュリアン・クエンティンのみごとな立役者ぶりである。タッチの多様さ、音色の変幻は場数を踏んだヴェテランそのもの。ニュアンス豊富ながら甘くなりすぎない趣味のよいリリシズムが、ヴァイオリンが心おきなく「うた」を張りめぐらすのを可能たらしめる。モーツァルトで感心したのは緩徐楽章で、レイ・チェンの高い集中力に裏打ちされた「うた」は片時も途切れることがない。ときに強圧的ともいえるほどの、こってりとした節回しだ。フィナーレではムラのない太いラインが快活であったが、ヴァイオリンが濃度と音圧を増すほどに、ピアノは小気味よいドライさをみせ、両者の凹凸巧みな融合・離散ぶりは、ときに莢(さや)からピンポン玉が弾けとぶかのような遊び心を生んでいた。対照的にブラームスでは、音色がぐっと陰翳をたたえ、深く深くへと重心をうつしてゆくのに聴き手も感応する(ここでも下地をつくるのはクエンティンのピアノである)。感情の切り替わりがモーツァルトほど素早くないブラームスだけあって、ここでチェンはじっくりとそのヴィルチュオズィティを披露する。空気を切り裂くような重音、その瞬時の音の突破力に瞠目。ブレス楽器のように肉体との、呼吸との密着度が高い。アップテンポにおける擦弦の当たりと振幅の激しさもすばらしいが、やはりアダージョなどのスローテンポにおいてこそチェンの音楽性は花開くのか、単音と重音間の移行にいささかの断絶もなく、水滴の染みが広がってゆくかのような自然さがある。音楽は「する」ではなく「ある」のだ。


作品の巧緻さをじっくりと炙りだす

デュオを経て無伴奏の「シャコンヌ」に至って、ようやくチェンを形づくる音楽性のおおきな骨組みをみたようにおもった。技巧的な完成度の高さはもはや焦点にはならない。作品構造の巧緻さが、いかに力まず有機的に、かつ細部の能弁さをもって明らかなるか。そういった大家へ期待する尺度を、この若手は自然と聴き手に課してしまう。おそらくは楽器そのものが固有にもつ音色が、いささか外向的すぎるのかもしれない。バス音などにはもう少々沈潜したまろやかさが欲しかったような気もするが、それにしても各部が独立してはポリフォニックに、みごとに対話しつつ照射しあう。1台の楽器で奏されていることをふと忘れる同時多発性とでもいおうか。このあたりにはチェンのすぐれた即興感覚をも垣間みる。ボウイングが激しい箇所でも勢いに任せたアッチェレートはなく、落ち着き払って細部を埋めてゆく。同じピッチが連続するところでは、むしろ弦の張力を慈しみ楽しんでいるかのようにもみえる。こうしたアクロバティックなユーモアにこそ、大器ぶりが滲むというものだ。最後のサン=サーンスでは、ふたたびクエンティンのピアノとの豊穣な色彩のタペストリーをたのしめた。稚気と優美の双方をたたえた「ロード・ニューランズ」の音色は、ロマン派以降のフランス音楽にすっと馴染むようだ。ニュー・アルバムはダニエル・ハーディング指揮、スウェーデン放送交響楽団とのチャイコフスキー&メンデルスゾーンだというが、そうしたおおきな編成で、ぜひ生で聴いてみたいとおもった(*文中敬称略。2012年9月15日記)。


【関連リンク】
http://www.raychenviolin.com/
http://www.julienquentin.com/









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