Concert Report#466

菅野潤 室内楽コンサート/ドビュッシー生誕150周年記念〜ソロ・デュオ・トリオで聴くドビュッシー
2012年9月20日(木)  @浜離宮朝日ホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

菅野潤(pf)
小林美恵(vln)*
ピエール・アモイヤル(Pierre Amoyal;vln)
ダニエル・グロギュラン(Daniel Grosgurin;cello)

【オール・ドビュッシー・プログラム】
スケッチ帳から
チェロとピアノのためのソナタ
ヴァイオリンとピアノのためのソナタ*
<休憩>
ピアノ・トリオ ト長調
<アンコール>
ピアノ・トリオ ト長調より第3楽章、第2楽章

響きの観点から推敲されるゆたかな一音

ゆったりと時の流れたリサイタルであった。主宰である菅野潤のゆたかな人間性が一貫して空間を満たす。演奏家としての緻密でニュアンスに富んだプレイはもちろん、大ヴェテランであるアモイヤルやグロギュランの芳醇な音色を一歩引いて引き立たせる、室内楽奏者としての洗練された聴覚、さらにプログラムにおける易しくかつ文学的な自らの手による解説に至るまで、「音楽とは人となり」ということを体感させるものであった。それは、演奏家としてのみならず、教育者としても国境を越えて活躍する菅野潤ならではのおおきな包容力でもある。演奏も文章も、相手によりよく伝える、ことを第一義としているのか、これ見よがしな技巧や専門用語を避けた、聴き手の感性をやわらかくつつむものだ。

構成も練られており、演奏順はかならずしも時系列ではない。最後に奏されたトリオは、ドビュッシーがわずか18歳のときの習作ともいえる作品だ。考えてみれば、こうしたフレッシュな作品でこそ、ヴェテランの奏者たちによる人生への洞察が光るというものだ。冒頭のソロ「スケッチ帳から」で、菅野潤の音色の最大の個性ともいうべきものが静かに示される。敢えて明晰さを求めない音、とでもいおうか。音はことごとく「どう響くか」で逆算して練りだされているかのようだ。クリアさは、あくまで複数のなかのひとつの響きの要素として抱き込まれている。重なったときにどう美しいか推敲されたうえでの、ぼかしや曖昧さなのである。これはまた、日本で根強かったハイ・フィンガー奏法の真逆を行く、ロウ・フィンガー奏法の極みを地で行くものだ。音の芯が絶えず響きの外濠からあらわれる。透かし見感と、やわらかく筋のとおった耐震性。まぎれもない実在がある音だ。近年のドビュッシー研究でも争点となっている、ドビュッシーを印象派として捉えることへの戒め----それを静かに示しているかのようだ。


音が瞬間に張りつく

さて、当初ヴァイオリンを配した曲はアモイヤルが一手に引き受けるということであったが、当日の変更で前半の「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」は小林美恵が奏した。アゴーギクの大胆な、琴線に食いこむ瞬間が連続する。特筆すべきは歌心のゆたかさ。振り回しても決して途切れぬメロディの糸は、ときに声楽のファルセットをも連想させる伸びやかなしぶとさがある。対するピアノは、先にグロギュランとともに奏した「チェロとピアノのためのソナタ」同様、ぐっと渋みを増し絞られた音色である。あたかも染めから織りの着物へと衣替えするような、音色の肌触りの転換が新鮮だ。硬質でラフなテクスチュアが、チェロの、ヴァイオリンのつややかさをぐっと引き立てる。グロギュランがはじき出す音はそれぞれ表情がゆたかで、例えばフィンガー・ピッキングとピアノの単音とは互角なウェイトをもち、空間を立体的に編み上げる。音が瞬間に高速に張りつく粘着力は、やはりヴェテランの貫録か。両ソナタともスペイン風の趣きの強い曲調だが、スリリングさを生んだ秘訣は各奏者の、それぞれの音色の的確なフォーカスだろう。


スタイルを確立したソリストたちによる自然な統合「ピアノ・トリオ」

ピアノ・トリオでいよいよ巨匠アモイヤルの登場である。1717年製のストラディヴァリウスは、押し出しの良い音色ですみずみまで鳴りきる。その安定感はそれ自体完結していたといっても過言ではない。このトリオに至っては、実は各々の完結ぶりが成熟した味わいの核になっていたのではないだろうか。ひとつの曲想を得ようと「合わせる」力みが微塵もなく、それぞれの楽器へのアプローチがごくシンプルに阿吽(あうん)の間合いを生む、その妙であったとおもう。スケルツォでのピッツィカート(ヴァイオリン)とスタッカート(ピアノ)の重奏的な点描感、アンダンテでの弦によるくっきりとした二層の螺旋。弦のメロディ性が群を抜いて安定しているため、元来のピアノのパーカッシヴな機能が自然と浮き出る。フィナーレでの、さざ波のような追い上げにチェロが被ることによる低音部の強化も、いぶし銀の貫録と渋さであった。ドビュッシーという偉人が音の間から、アナログ感あふれる微細な指先の調整から、ポリフォニックな音像のふくらみから、モザイクのように顔を出した一夜。作曲家の不穏な一面までも馥郁(ふくいく)たる余韻として残しつつ(*文中敬称略。2012年9月25日記)。


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