Concert Report#467

ミシェル・ルグラン/生誕80周年記念ジャパン・ツアー2012/シンフォニック・スペシャル・ナイト
2012年10月2日(火)  @すみだトリフォニーホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

ミシェル・ルグラン(Michel Legrand;ピアノ/作曲/指揮)
フランソワ・レゾー(Francois Laizeau;ドラムス)
ピエール・バウサエ(Pierre Boussaguet;ベース)
新日本フィルハーモニー交響楽団
竹本泰蔵(指揮)
キャサリン・ミシェル(Catherine Michel;ハープ)*

第一部 ミシェル・ルグラン・トリオ
1. Ray Blues
2. You Must Believe in Spring(『ロシュフォールの恋人たち』組曲)
3. Dingo Lament(映画『ディンゴ』)
4. Dingo Rock(映画『ディンゴ』) 
5. What Are You Doing the Rest of Your Life? (映画『ハッピー・エンド/幸せの彼方に』) 
6. Family Fugue
7. The Jazz Pianists

第二部 ルグラン&新日本フィル
8. Suite des Parapluies de Cherbourg(『シェルブールの雨傘』組曲)
9. La Valse des Lilas(「リラのワルツ」)
10. Brian’s Song(「ブライアンズ・ソング」)
11. L’Ete(「おもいでの夏」)*
12. Yentil(「愛のイエントル」)*
13. Les Moulins de Mon Coeur(「風のささやき」〜映画『華麗なる賭け』)

巨匠ミシェル・ルグランの80歳記念コンサート。また、1972年に初来日してから40周年でもある。ルグランといえば、映画音楽。『シェルブールの雨傘』や同じくミュージカル仕立てのダンサブルな『ロシュフォールの恋人たち』などをとおし、必ずしも音楽マニアではない世界中のおおくの人々を世代を超越して魅了してきた。実際、筆者がルグランの名前に親しむようになったのは、カトリーヌ・ドヌーヴのファンであることがきっかけだったが、先に挙げた二作など、ルグランの音楽がなかったらドヌーヴはあそこまで輝かしい存在になったか、とすらおもう。スターのもっとも煌びやかな時期に、その人の魅力を倍加させる、強烈な光を浴びせかける音楽。一方でどのような人の生活感情にもより添う音楽。この日のステージは80歳のバースデイにふさわしい、トリオとオーケストラによる贅をこらした二部構成。オーケストラは新日本フィル、指揮は本人のほか俊英・竹本泰蔵、そして後半の2曲にはルグランの愛妻であるキャサリン・ミシェルがハープのソリストとして加わった。随所にあふれる妻への細やかな心遣いにも、この巨匠の充実した人生があたかかく滲み出る。しかし、回顧的なショーかとおもいきや、「今この瞬間」を楽しく創り変えてしまう、粋なパリジャンの姿も健在だ。


高精度のインスト部分とアバウトなしゃがれ声...その「ブレ」にこそ味

ピアニストとしてのルグランを中心に据えた、トリオで幕あけ。サイドメンもいぶし銀のヴェテランふたり。セット・リストには映画の断片を切りとったような名曲がずらりと並ぶ。誰もが一度は耳にしたことがあるようなメロディの連続は、否応なく聴き手の関心をその音の質へと向かわせる。ルグランのピアノの音色は甘美ながら硬質だ。打楽器としての刻みの良さが、この日一貫して保たれていたようにおもう。フランソワ・レゾーのドラムスと絡むと、さながらシンバル音の延長のように感じられる瞬間もあった。ピアノとドラムスとのメタリックな音質の親和に比して、ピエール・バルサエのダブルベースが木目の乾いた誠実さを忍びこませ、類いまれなスゥイング感で空気はうごく。サイドメンのジャズメンとしての本領は、とりわけ「Dingo Lament」や「Dingo Rock」などで微に入り細に入り発揮されたが、おそらくはホールの音響が良すぎるのか、ドラムスの風を巻き上げるようなシンバル音が稀に「キレ」より「伸び」の方向へなびくときがあり、良くも悪くもムード音楽っぽいな、と感じたりもした。個人的には「You must believe in spring」での、メロディの甘美さをサウンドの増幅であえて上塗りしたようなインタープレイ、「What are you doing ~」でのしわがれた歌声と流麗なピアノとの音質の乖離、などが味わいたっぷりで気に入った。ルグランのアルペッジョは、音の塊をさらりと提示するだけで妙な「こなれ感」を生んでしまう、紛れもなく頭のなかで整理された「作曲家の音」である。それが地声を絞り出すようなヴォイスと絡むと何か上質な喜劇を見せられているような気分になる。音程が合っているとかずれているとかいったことを不問に付す、圧倒的「個」の優勢。むしろハズれたところでチャーミング、というポップスの王道を行くのだ。前半の〆めは、歴代の偉大なジャズ・ピアニストへのオマージュを語りとともにメドレーする「The Jazz Pianists」。アート・テイタムからデューク・エリントン、エロール・ガーナ―、オスカー・ピーターソンなど、個々の奏法的特徴を瞬間凍結のような明確さで切り取り、能弁な間合いでつないでゆく。単純に片手でコードを押さえているだけなのに、まさに羽ペンが舞う作曲現場に立ち会うかのようなドライヴ感覚。鮮やかなインプロのセンスである。


百戦錬磨のキャリア、深いところで伝播するエンタテインメント性

新日本フィルハーモニーを従えての第二部では、さすがパリジャン。光沢のあるブラックのタキシード姿で登場、若々しい身のこなしで指揮棒を振る。金管と弦の音色の温度差を遠近感ゆたかに、丁寧に絞りあげた『シェルブールの雨傘』に始まり、コケティッシュなヴォイスの魅力に満ち満ちた「La Valse des Lilas」(やはり英語よりも母国語が段違いにいい)、ヴュルリッツァーをも思わせるエレクトリックな音色がピリリとした戦慄をもたらした「Brian’s Song」など、オーケストラ・サウンドの外郭を隈取りするかのような強靭なアクである。さまざまな角度からルグランという甚大な音楽空間が照らしだされるが、どこをとっても「ルグランでしかない」という一点に落ち着く。多面性をもつというより、あらゆる一点がルグランとしての総体なのだ。そしてどのような他者の個性も、ルグランの音楽は邪魔しない。全員がこころよく音楽を泳ぐことを最前線に置く。おもえば、愛妻キャサリン・ミシェルのハープはクラシックの端整さを基本に据えながらも、音圧はかなりの強度であったし、数曲で登場した竹本泰蔵は、自らがサウンドの舟に乗って音を回収しながら楽しんでいるかのような、指揮棒の威圧感をぎりぎりまで排した風変わりな振りをみせる(あまり見たことがないタイプである)。映画とともに歩んできた巨匠の音楽は、やはりエンタテインメント性をその内になみなみと色濃く湛えているのだ。多幸感は人から人へと伝播し、繋いでしまう。パーカッションなどの複合的で効果的な配置もさすがに考えつくされたものだったが、音の速度の点で、フランソワ・レゾーのドラムスは頭ひとつ分とびぬけている。百戦錬磨のキャリア、その瞬間の制御力。ルグランの筋肉質ともいえるピアノの音色とともに、ひたすらに納得されたことである (*文中敬称略。10月3日記)。


【関連リンク】
http://www.michellegrandofficial.com/













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