Concert Report#469

新国立劇場2012/2013シーズンオープニング公演
ベンジャミン・ブリテン「ピーター・グライムズ」
2012年10月5日  @新国立劇場
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林喜代種

指揮:リチャード・アームストロング
演出:ウィリー・デッカー
美術・衣装:ジョン・マクファーレン
照明:デヴィッド・フィン
合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

【キャスト】
ピーター・グライムズ:スチュアート・スケルトン
エレン:スーザン・グリットン
バルスロード船長:ジョナサン・サマーズ
アーンティ:キャサリン・ウィン=ロジャーズ

 今シーズン開幕の演目として選ばれたのは、20世紀英国最大の作曲家ベンジャミン・ブリテンの『ピーター・グライムズ』。これは見逃せないとだいぶ前から音楽ファンの間で話題であったが、期待を裏切らない高水準の舞台だった。音楽面でも演出面でも、メッセージの非常にはっきりした、メリハリの効いた舞台。特に美術・衣装、合唱の素晴らしさは忘れがたい。

 もともと合唱が大きな役割を果たす作品だが、今回の舞台では特に、異質な個人を徹底的に排斥する大衆心理のグロテスクさを強調している。村人たちの衣装が礼服風のしつらえだったり、1幕1場そして終幕で、礼拝堂のような整然たる椅子に全員が正面を向いて座る演出など、随所で、素朴な道徳観をもった信仰篤き人々という性格づけが明瞭。その分、あたかも魔女狩りのようにピーター・グライムズを集団で追いつめる狂気が際立つ。新国立劇場の合唱団がシャープな歌と動きで観客を魅了していた。惜しむらくはロシア系歌劇場のあの地鳴りのするような低音の響きも欲しいのだが、それは高望みというものだろう。

 今回の演出では、ピーターと同様、彼をかばう女教師エレンも、最初から、村人たちの輪から外れたアウトサイダーであることが暗示されている。2幕1場、教会で礼拝がおこなわれているさなかに、外でピーターとエレンが言い争うシーン。簡素な舞台装置だが壁面(そして傾斜のきつい床面)の使い方が創意に満ちていて素晴らしく、ピーターとともにエレンの孤独もよく表している。スーザン・グリットンは筆者には決して突出した声質や歌唱の持ち主とは思えなかったが、このシーンの「私たちは失敗した!」に至る心理ドラマ、そして3幕1場「セーターのアリア」は見事。終幕、すべてが終わったあとで、ひとり残されたエレンが躊躇いつつ、整然と正面を向いて座る群衆のなかに戻り、手にした紙で他の人と同様、顔を隠す。匿名の大衆の恐ろしさとエレンの深い孤独を沈黙のうちに示す、秀逸な演出。

 タイトルロールのスチュアート・スケルトンは、2幕2場から終幕にかけての狂乱の場が真骨頂。何度も演じてきたというだけあって、声も演技も練れている。際立った体格で、舞台を引っ張る華もケレンも十分。船長役のジョナサン・サマーズは風格ある存在感で舞台を締めていた。

   他のソリストたち、特に日本人歌手たちでは、姪2人(鵜木絵里・平井香織)がすこし軽すぎたというか、はしゃぎすぎの印象。これは意図的演出なのかもしれないが。主役級をすべて欧米人が占めるキャスティングゆえ、脇を固める日本人歌手とは、いかんせんバランスが悪い。どうしても線が細く、軽く見えて/聞こえてしまうのは、セドリー夫人(加納悦子)も同じで、気の毒である。セドリー夫人の場合は、今回は合唱(群衆)に光が当てられたせいか、彼女の見せ場が総じてかすんだ印象があるが、矛盾に満ちたアクの強いキャラクター(しかし決して非日常ではなく、どこにでもいる存在である)をもう少し前面に出せたら良かった。ボブ・ボウルズは、喉の故障で残念ながら降板した高橋淳に代わった糸賀修平が、よく響く美しいテノールを聞かせていた。

 主役の歌手たちと同じく新国立劇場初登場の指揮者リチャード・アームストロングはきびきびとメリハリのきいた音楽づくりで、東京フィルハーモニー管弦楽団をよく統率していた。ただし、6曲ある間奏曲がほとんど印象に残っていないのはなぜだろう。えもいわれぬ甘美さや艶やかさ、歌といったものは足りなかったかもしれない。

 ベンジャミン・ブリテンは他にも秀逸なオペラをいくつも残している。これを機に、そうした作品にも光をあてる機会を新国立劇場にはぜひ作ってほしい。















WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.