Concert Report#472

オール・アバウト・ハインツ・ホリガー
2012年10月6日(土)・8日(祝)  @すみだトリフォニーホール(錦糸町)
Reported by 多田雅範
写真提供:すみだトリフォニーホール
撮影:(第1日)三浦興一(第2日)堀田力丸

第1夜 協奏曲&指揮
 演奏:ハインツ・ホリガー(オーボエ、指揮&作曲)
    新日本フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)
 曲目:モーツァルト/オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314
    シューマン/交響曲 第2番 ハ長調 作品61
    ホリガー/音のかけら
    ラヴェル/ラ・ヴァルス

第2夜 室内楽
 演奏:ハインツ・ホリガー(オーボエ、オーボエ・ダモーレ&作曲)
     アニタ・ルージンガー(チェロ)
     アントン・ケルニャック(ピアノ)
 曲目:シューマン/6つの小品 作品56 (Oboe d'amore, Vc, ※Pf)
      ホリガー/チェロとピアノのためのロマンサンドル
     ※ホリガー/ソロ・オーボエのためのソナタ (Ob)
     ※サン=サーンス/オーボエ・ソナタ 作品166 (Ob, Pf)
     シューマン/ソナタ第1番 イ短調 作品105(Vc, Pf)
     ベートーヴェン/三重奏曲 変ロ長調 作品11「街の歌」(Ob, Vc, Pf)

ホリガーの公演を体験して、きっとホリガーが来日して伝えたかったことは、揺るぎない希望はある、ということだった気がしている。行政と補助金についての考えも変わった。片山杜秀さんが著作『線量計と機関銃』で、クラシックを守れ!と大阪フィルの音源をかけて熱筆を振るっていたっけ。指揮者としても、21世紀に聴きたいホリガーだ。「ロマンサンドル」はECM『シューマン&ホリガー作品集』に収録、CDも素晴らしい(国内盤で充実した解説を入手してほしい)


(第1夜のレビュー)

「神奈川、茨城のかたは、ハインツ・ホリガーを今すぐ体験しなさい」

10月8日は「オール・アバウト・ハインツホリガー」2日目。
http://www.triphony.com/concert/20121006topics.php
10月12日は青葉台フィリア・ホールで。
http://www.philiahall.com/j/series/121012/index.shtml
10月20・21日は水戸芸術館で。
http://arttowermito.or.jp/hall/hall02.html?id=1107

馬券予想屋や油井正一でもあるまいし、こう断言できるのは、いまのおれしかいない。あれ?
...でも、オーケストラとの共演は水戸だけかな。演目違うけど、水戸はマストだ。

すみだトリフォニーに「オール・アバウト・ハインツ・ホリガー」を聴きに行ってきた!
モーツァルト/オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314
シューマン/交響曲 第2番 ハ長調 作品61
ホリガー/音のかけら
ラヴェル/ラ・ヴァルス

モーツァルトを指揮してオーボエ吹くホリガー、もう別格。これこそクラシックのエッセンス、新日フィルがヨーロッパの楽団のような響きだし、音楽の魔法とはこういうもの。聴きながら、息をするのも忘れるくらい。まったく“到来”していた。

おれは演奏が始まってすぐにあの世のおふくろに「ちょっといろいろ忙しいだろうが、おれが“この世のものとは思えない演奏”と言っていたのはこれだから、さ」と呼んできたくらいだ。

この1曲でコンサートが終わっても、おつりが来るくらいだ。まさに、昇天するひととき。

おれは2曲目のシューマンを、ホリガーのオリジナルだと勘違いして聴いていた。まったく19世紀的な書法なのに、パラノイアのように同時5層くらいに色彩を配し、指揮するホリガーは次々と旋律の束(たば)を、もちろん自分がイメージしたとおりに自在に開花させている。ポストモダン的な歓びだぜ、さすがにこういうのはECMでも録らせてもらえなかったんだろうが、ホリガーの思考はまさにジョン・ゾーンだべよ。しかもこの音楽を活かす指揮力。このホリガーはいわゆる現代音楽の手法を使わずに、充分に新しいコンテンポラリーを呈示していた!素晴らし過ぎる...。これぞ新しい古典だ。

休憩時間になって、それがシューマンだったことを知る。あはは。シューマン聴きが捉えることのできないホリガーのちからを聴くことになった、結果的に?

3曲目がホリガーの自作。贅を尽くした懐石料理みたいに、美味しい響きが配置されている。これもまったく見事で、夢のような瞬間が続く。さっきのシューマンのように同時5層の思考で作曲してみてくれたら音響曼荼羅みたくなって...と、さらなる妄想が生まれて、聴きながら「作曲している」自分もいる。

ラヴェルがまた驚愕の仕上がり。甘美な悪夢が、4層くらいの構造と色彩に映っているような、ホリガーの恐るべき批評眼が発揮された指揮ぶりだ。こんな「ヴァルス」が可能なのか。これは録音できないんじゃね?リズミックな構成能力の技も唯一無比。ラヴェルは現代に生きている!

それにしても、この響きの良さというのは311震災の直前に聴いたライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団http://www.kajimotomusic.com/jp/concert/k=201/以来だったし、...こう、世の中の信頼というか、情報はどれも怪しいし、被爆してるような気がするし、やっぱみんなどこかオカシーよ、どこか震災以降大きなダメージを受けた世界観にあって、揺るぎないものはあるからね!と笑顔で熱血でチャーミングで後頭部の白髪がハネ上がってガッツポーズをするスイスからやってきてくれたホリガーなのだ、今回奥さんのウルスラ・ホリガーが体調不良で来日出来ず演目の改変にも慌しいであろうにもかかわらず。

音楽のちからはあると思うねー。

こういう普遍の価値、を、やはり社会は何らかのかたちでサポートする必要はある。精神のセイフティネット?つうかさー。すみだトリフォニーは、スカイツリーのある墨田区だけあって、こんな良質の文化事業をやっている、やれている。そんなことも考える。

欧米ではアーティストは自治体に申請してお金もらいながら活動続けたり、自治体は豪華な内容の演目をむっちゃ安い料金で体験できたりする。それは、ひとは等しくそういうアート体験をする権利があるんだ、というアートと平等と民主主義の体感と支える納税の合意があるからなのだ。

日本ではアートは贅沢品で補助金は無駄だという、おっそろしー感覚がフツーだったりして。

それは、精神の飢餓を生むと思わない?

あ、おれもタガララジオ1で、アーティストは独りで立て、補助金は要らんと考えてたー、まちがってたー。

経済効率が最優先であるジャンクフードみたいなクラシックやジャズを聴かされるから勘違いするオヤジが量産されるんだよお。

ファミレスの品書きみたいな音楽ライターにはならないようにしよう。

ハインツ・ホリガーは別格だよ。魔法の手を持っている。おれも若いときからこういう演奏体験をしたかったぜ。

帰りは友人と15分くらい歩いてホリガーの奇跡的な体験に合わせるに相応しい、土日には日本中からファンが駆け付ける浅草のうなぎ屋さんの特上。たまげた。元気でた。

おふくろも鰻重たべて日本橋駅では「ここが東京の三越だね、あたしも三越で働いたさ、ここに来れてよかったよ」と言ってた。平和台の改札であたしゃ帰るよと消えていった。ちゃんとホリガーわかってくれたんかな。鰻重は黙々とおれの分まで食ってたな。








(第2夜のレビュー)

夜勤明け、トリフォニーへ「オール・アバウト・ハインツ・ホリガー」2日目に出かける。

今日はオーケストラがなくて指揮は無し。奥さんでハープ奏者のウルスラさんの病欠で、室内楽曲のプログラムは大幅に変更された(※変更分)。ホリガーのオーボエとピアノとチェロの3にんでのコンサート。

シューマン/6つの小品 作品56 (Oboe d'amore, Vc, ※Pf)
ホリガー/チェロとピアノのためのロマンサンドル
※ホリガー/ソロ・オーボエのためのソナタ (Ob)
※サン=サーンス/オーボエ・ソナタ 作品166 (Ob, Pf)
シューマン/ソナタ第1番 イ短調 作品105(Vc, Pf)
ベートーヴェン/三重奏曲 変ロ長調 作品11「街の歌」(Ob, Vc, Pf)

2曲目のホリガー作曲「ロマンサンドル」、灰のロマンス。妻のクララが、晩年シューマンが心の病に苦しんでいた時期に書かれたスコアを死後の名誉を案じ焼却処分してしまった、その中に「ロマンス」という曲があったとだけ記録にあり、それをイメージした作品。

最初の楽章が。まさに、ECMの世界。微細なサウンドの配置の行方まで、ほとんどアイヒャー=ホリガーが視ているようだ。ピアノもチェロも充分に描き切っていた。2・3楽章は、ま、おれは要らないな。

前半の3曲目、自作のソロ。渾身の演奏。おのれの能力の限界まで駆使した作曲だったのだろうけど、おれは73さいのホリガーのからだのほうが心配でさ!心臓に負担かけないでくれよおおお。

サン=サーンスの出来が素晴らしかった。3者のバランスがうまくとれて、音楽が躍動した。

あとの演奏は、ホリガーと2人が横綱1人と小結2人のようで、結局ホリガーによる感覚的支配が強く、それを愉しむのもアリなんだけど、どうも演奏の出来を鑑賞するという意識から脱却するほどの音楽的悦楽には至らない。こっちもわがままな耳なのだわ。ピアノもチェロも、リサイタルを聴いてみたいレベルの奏者で期待できるけど、ベートーヴェン弾きではないかな。

吹く、書く、振る、と、天才ホリガー73さい。今日は吹くのに大活躍だったけれど、6日のモーツァルト、シューマン、ラヴェルの振りっぷりは、まさに魔法使いだったし、これからは世界のオーボエ奏者であることを封印してまでも、指揮者として歩むのを観てみたい。ステージに彼が居るだけでオケの演奏があれだけ変わって、ほかの指揮者が描けない、まさに新しい音楽像を提出できるものだ。21世紀の指揮者としてのホリガーを、もういちど体験したい。











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