Concert Report#476

Sound Live Tokyo 菊地雅章ピアノ・ソロ
2012年10月26日(金) @東京文化会館小ホール
Reported by 伏谷佳代 Kayo Fushiya
Photos by 前澤秀登 Hideto Maezawa

菊地雅章 Masabumi Kikuchi (pf)

「プーサン」こと菊地雅章のソロを聴く。サウンド・ライヴ・トーキョーの一環として企画されたもので、2部に分かれた構成。入れ替え制をとってはいたが、通しで聴く人がおおかったようだ。各セットちょうど9曲ずつ、それぞれ一時間強のプログラムだ。10分にも満たない長さのインプロヴィゼーションの連続は、文字通り1時間が1分・1秒に分割され、豊穣にくぼんだり盛り上がったりするもの。「呼吸をしている、今」という、ともすれば惰性に陥って忘れてしまう現実を、まるで逆毛を立てるようにざわざわと波うたせ、実感させるものであった。


東京文化会館小ホールにいくつか設置されているピアノのうち、菊地(本人と親しくもないのに「プーサン」と呼び慣らすのがなぜか安っぽくおもえるので、あえて菊地と書く)、が選んだのはヤマハ。マイクは4本ほど設置され、小さな音の響きも曖昧にしないホールの特性と相まって、じつに細かなニュアンスが掬い出されていた。菊地ならではの超・個性的な身体使いがうむ大胆不敵なアゴーギクによって、音質の変幻は擦りガラスのピアニシモから強靭な電流音まで、幅広いものである。しかし、ステージ全体を通してみたときに、深いまろやかさをもつ独特の静けさが場を支配していたようにおもう。それを人生の味とか、経験に揉まれた個性とか言ってしまえばそれまでだが、放たれるどんな音の気配も、何かヴェールを掛けられたような下地のうえに立っている。激烈な音が穿たれても、そのまま収まってしまう度量と言おうか。


菊地の音楽では、鍵盤から出る音はひとつの音流の枝にすぎない。ドローンとしても機能する唸り声、すぐれたドラマーと寸分違わぬ、重力と逆行する裏拍感覚秀でたぺダリング。これらは三位一体であり、互いにぎくしゃくとしたズレを堆積させたかとおもえば、一気に切り崩したりする。菊地のサウンドに則った時の流れは、砂時計のような均一な素直さとは相入れない。珍妙な喩えだが、ダルマ落しのようなコケティッシュな唐突さを、その本性に含むような気がする。それがまた、きわどいところで日本的なお家芸に陥らない、グローバルな身のこなしをも湛えているのである。


第1部のインプロ9曲。音響的な世界が襞のように広がってゆくが、一向にして霧は晴れない。あえてそれは聴き手がそれぞれ見つけるもので、菊地は不明瞭の襞を一枚一枚のばしてゆく、その過程をヴァリエーションしている。顔面をほぼ客席の方向へねじ曲るようにしてひねり出される、さまざまな「押しの手」。楽器の特性 に準ずるような素直な伸びなど誰も期待していない。音そのものよりも、音となるまでの縒(よ)りあげの作用が、えもいわれぬ空気の震えをうんでいる。低音域での重厚なグルーヴも、竹を割ったような思い切りの良さとは一線を画す。ドロドロとしたものが蜷局(とぐろ)を巻く、不穏の塊。こういう怖しさをさらりと提示してしまえるところが、ジャズマンの年季といえるだろう。

しかしながら、第4インプロあたりでカオスから少しずつ音の輪郭がのぞきはじめる。運指にも拠るのかもしれないが、音の塊がブロックとして拮抗をはじめる。視覚的にみればひし形に近いような音の作図である。それらが時を進めるにつれて、自然に帰依したかとおもえるような限りなく無にちかいピアニッシモの消失をみたり、そこから重苦しいうねりの再生が始まったりする。一瞬音がノイジーにブレたり、なだらかな、しかし多様な脱皮を繰り返すのだ。第9インプロで、それらがようやく一本の線となり、「黒いオルフェ」のメロディとして結実したとき、さながら美しい蝶が空中に舞うすがたを幻視する。
リヴァーブのひとつの勝利だ。


第2部。第1部とくらべて、打鍵のアタックは強め、時おりアクセントに挟みこまれる一撃もクリアだ。唸り声とペダルならぬ足踏みが時を追うごとに加勢してくるなか、ピアノの音色は一瞬サンドイッチ状態となって、それらふたつの狭間に紛れ込む。音楽のグルーヴは止まないが、知恵の輪のようにこんぐらかって方向性がくらまされる。堆積を回避して回り続けるのだ。それがふと静止するときが面白い(第5インプロあたり)。敢えて言うならふと筆にたっぷりと墨汁を滲ませるような、誇り高き佇まいなのだ。音は上へ上へと舞っては、空中分解する。こうした寂寥感あふれる残響もオツだ。終盤のほうで顕著となる同音連打やトレモロには、エネルギッシュな期待感よりも、堂々巡りを肯定するような達観が色濃く出て、かえってそれが力強い魂の讃歌に聴こえてくる。キレ味が決して鋭くない音色は、先ほどとは一転、粘着質ゆえに世俗的だ。それはそれでいいのだ、と菊地は語っているかのようだ。生きているということなのだから。時おりくぼみを覗かせながらも、〆のインプロでは、油脂のごとく音は空気に跳ね上げられる。決して饒舌ではないが故に脳裡に張りついて止まない。菊地雅章は菊地雅章。10年前に聴いた印象とさほどかわらない。しかし、夥しいロマンと、暴発の際(きわ)にある静謐に触れる醍醐味は、いつも新鮮だ。(*文中敬称略。10月30日記)  



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