Concert Report#478

Sound Live Tokyo菊地雅章ピアノ・ソロ
2012年10月26日(金) @東京文化会館小ホール
Reported by 稲岡邦弥 Kenny Inaoka
Photos by 菊地あび Abby Kikuchi

菊地雅章 Masabumi “Poo” Kikuchi (pf)

今、いちばん気にかかる菊地さんのソロは、ECMから発売されることになっていた『solo/at home』である。ECM40周年を機にイギリスで刊行された『Horizons Touched-The Music of ECM』(Granta 2007)のカタログでも予告されていた。菊地さんから送られてきたCD-ROMに焼かれたソロを聴いて(10曲ほどあったろうか)、これはECMで発売すべき内容と思い、そのことを菊地さんに伝えた。インプロヴィゼーションではあるがグルーヴ感はなく(もちろん、内的なものは別にして)とてもスタティックな演奏だった。独特の唸り声もない。唸り声とグルーヴ感はリンクしているから、むしろクラシックに近い演奏といえるかもしれない。それから数ヶ月後、所用でヨーロッパに出かける機会があり、NYに立ち寄ることにした。菊地さんのロフトでふたりで聴き直し、選曲に手を入れ、1枚のCDに仕立て、DATマスターを用意してもらった。ミュンヘンのECMオフィスでプロデューサーのマンフレート・アイヒャーに手渡したのが、発売が予告された『solo/at home』 である。菊地さんによると、忘れた頃にECM NYから連絡があり、発売に向けてやりとりが始まった。録音でNYを訪れたアイヒャーとも面談をした。最終的に発売に至らなかったのは、ノイズとリヴァーブの問題で両者が合意に達しなかったからである。菊地さんがロフトで録音したものであるから微少なノイズ感は避け得ない。アイヒャーはさらに空気感を得るためにリヴァーブをかけることにこだわり、リヴァーブをかけるとノイズ感も増幅され、ECMのスタンダードから外れてしまう。菊地さんはロフトで録音された「素」のままでのリリースを主張し、アイヒャーはリヴァーブを譲らない。NYで何度か話し合ううちにソロのリリースをあきらめ、アイヒャーのプロデュースの下、トリオ編成で新録を行うことで最終的に合意に達した。かくして制作されたのがトーマス・モーガンbとポール・モチアンdsとのトリオによる『サンライズ』である。『サンライズ』が発売に漕ぎ着けられたのはモチアンの尽力大であることは、菊地さんが自身のライナーに記している通りである。録音後、何度聴き直してもしっくりこなかった菊地さんを納得させたのは、モチアンが1曲カットして新しく組み直したヴァージョンだった。モチアンは仕上げるべきことを仕上げて逝ったのである。僕はそのことを知らずに菊地さんに「アイヒャーのドラマトゥルギーは流石ですね」とコメントを返していた。
文化会館で聴いたソロはいつものように緊張感に冨み、グルーヴ感もあった。適度な唸り声もあった。僕の胸を締め付けたのは<オルフェ>と<リトル・アビ>であった。とくに<オルフェ>。菊地さん独特の鍵盤の上を指を滑らせるように弾きながらペダリングを使う奏法。スラーがかかりまるで管楽器を聴いている様な錯覚に捕われることもしばし。菊地さんがロフトで何十年も弾き込んでいる1880年代後期に製造されたハンブルグ・スタインウェイのキーも片減りしているし、ハンマーも時々調整する必要があるそうだ。日本的情緒を感じる<リトル・アビ>は愛娘あびさんのために作ったバラードで、初演は1970年録音のゲイリー・ピーコックの『イーストワード』(CBS-SONY)だと思い込んでいたが、念のためにネットで検索してみたところ、1969年録音の『菊地雅章(ビクター・モダン・ジャズ・セクステット)/マトリックス』(Victor)に収録されていた。<リトル・アビ>はバークリー音楽院に在学中、ボストンで生まれたあびさんを祝して作曲されたものだが、菊地さんはこの曲をことのほか愛し、何度も録音、演奏している。今回のソロ・コンサートのプロモーションのために菊地さんの最近の写真を所望したところ、あびさんのサイトを教えてくれた。今年TPTで帰国したときにあびさんが撮影した素晴らしい写真が発表されていた(花の写真シリーズもあり、これはとびきり素晴らしい)。その中からアトランダムに4点使わせてもらうことに同意していただいた。あびさんは帰国公演には菊地さんに付き添うことが多いのだが、僕は、1989年、菊地さんが「AAOBB=オールナイト・オールライト・オフホワイト・ブギ・バンド」を率いて渡辺貞夫さんのブラバス・クラブに1週間出演したときよくお目にかかった。文化会館では民族衣裳のようなボディ・コンシャスなコスチュームをまとったモデル然としたあびさんをロビーで見かけたが、成熟した女性の美しさに目を奪われた。 菊地さんは、「俺のここでのソロ、今の時点で良いアルバムは5〜60枚は軽く超すだろうが、でもその為に録音したtracksは時間にして三百時間超は録音していると思う、いやもっとかも知れない。でも今になってみるとそうして費やした時間が何らかの形で俺の内にいい形で残っているような気がする」とコメントしている。文化会館の演奏も充分楽しむことはできたが、僕はやはりすでに菊地さんの身体の一部と化した1880年代後期のスタインウェイでのソロが聴きたい。 そんなわけで、5〜60枚分のなかから10枚を選んでセットでリリースすることを夢見ている。(稲岡邦弥)











WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.