Live Report#481

黒田京子 ソロ公開録音
2012年11月1日(木) @東京小岩・オルフェウス・スタジオ
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 山田真介 (Shinsuke Yamada)

黒田京子(Kyoko Kuroda;pf )
辻秀夫(Hideo Tsuji;調律/進行)

20年の音づくり、幸福な出会いの節目のソロ

弦楽器や管楽器のようにみずからチューニングをするわけにもいかず、各々のコンサート会場のピアノのコンディションに自らを「あわせる」ことを運命づけられているピアニストにとって(お気に入りのピアノや調律師を随行できる方も稀にいるものの)、すぐれた調律師との出会いほど幸せなものはないだろう。この日の公開録音の調律と進行役を務めた辻秀夫と黒田京子との出会いは20年前。黒田のソロ・ファーストアルバムの際、調律を担当して以来だ。スタジオの定員20名は長年の黒田ファンですぐに埋まり、レコーディングという緊迫感と幕間の和やかさが一定のリズムを刻む、充実した1時間となった。レコーディング・エンジニアはオルフェウス・スタジオの菅原直人、撮影はデザイナーの山田真介が担当した。なお、アルバム完成時には、この日の観客に進呈される予定だ。

夜の8時から始まった公開録音の前に、すでに黒田は3時間にわたる「観客なし」状態での録音を終えており、最終的にアルバムに収められるのは「観客あり」の場合と比較してより良いと思われるほうのテイクになるという。辻氏いわく「みなさん観客が演奏におよぼす作用を黒田さんは期待されているわけです」ということであったが、ピアノのポジショニングからマイクのセッティング(3本)、ピアノのキャスタ―の下には氏特製の木製の吸収板の配置、など黒田京子のピアニズムを知り尽くした辻氏ならではのミクロレヴェルでの配慮に変わりはない。ヤマハのセミ・コンサートグランドは、いかにもCシリーズらしい華やかで外向的な音色とともに、もう一派である(練習向きとして親しまれている)Gシリーズの特色をも感じさせる、実直で渋い落ち着きも放っていた。果たして、観客はどのような効果を及ぼしたのだろうか。「観客と理想的な演奏」との関連でいえば、即座に聴き手の存在を排したグレン・グールドの姿などが思い浮かぶのだが、我々観客としてはせめて夾雑物となっていないことを祈るばかりだ...。


真の即興魂は楽器の解放を生む

うまくヤマハらしさをミックスさせたピアノのコンディションを差し引いても、黒田京子の音楽には絶えず相反するふたつの要素が混在している。縦/横の綾、柔/硬の共生だ。それは例えば、コンポジションなどの屋台骨の部分はもちろん、音楽を成す外殻部分ともいえる音色の質や手触り、といったところにもあてはまる。本人は絵画からインスピレーションンを得ることがおおいことに今更気づいた、と言っていたが、絵画というと我々は印象派的な淡い色彩のパレットをまずおもい浮かべる癖があるのではないだろうか。自分も黒田京子をはじめて聴いたときは、その自然なフォームと軌を一にする柳のようにしなやかな音色に魅了され、横のラインを淡泊に追うことばかりに傾注していたようにおもう。しかし、とりわけこの日の黒田の音楽は、そうした平面的な絵画ふうのものではなく、どちらかといえば彫刻にちかい、立体的な塑像性にみちていた。タッチひとつとってみても、粘度をこねくり回し、音の塊をひとつひとつ積み重ねて耐震を試してゆくかのような実験性にあふれている。その時々の身体のコンディションに素直に従うのも即興精神の一部、ということもできようが、個性的であると同時にピアノという楽器の基礎構造をも浮き彫りにするプレイである。料理に例えるならば温度やヴォリュームではなくひたすら香辛料に徹したペダル使い、木の材質感が音間にたゆたわせる余韻、金粉を散らすような打弦の情け容赦なさなど、楽器のリアクションを引き立てながらも、能動的なものへ変えてゆく。


次々と生まれるリアリティの網の目、その深層

この日奏されたのは、「inharmonicity」や「おきな草のうた」、「ひまわりの終わり」、「ホルトノキ」、「割れた皿」、「闇を抱く君に」、「春炎」など新旧あわせた8曲。冒頭で明瞭さと混濁が、強音ペダルの解放弦によってルーパーのように積み重ねられるサウンドがつづいたあと、「ひまわりの終わり」で、ふと地平がグルーヴする感覚に襲われた。知覚が一段底上げされる。サウンドの方向は水平と垂直との間を全く継ぎ目なく自在に行き来し、まさに魚の群れが突如の翻りをみせる現象そのものだ。流線形である。しかし、その澱みない流れのなかには、ときに武骨でベクトルの定まらぬ音の破片も忍び込んでいる。エネルギーの抑圧と解放という感情の両極も、あくまでしなやかな同一線上で結ばれている(「ホルトの木」など)。この、音のかけらが突き刺さるノイジーな感覚は、「割れた皿」 (高島野十郎の同名の絵画から影響をうけた1曲)などで、視聴覚が合一されたような生々しさで迫ってくるが、衝撃音とその直後の虚脱感、メロディを孕みそうな残響の振幅-----あらゆる瞬間は新たな火種をうむ等しき可能性をもって、空中にひしめき合っている。しかしながら、視覚的追求がヴィジョンにまで喰い込むこともあり、「春炎」など、火の舞というよりはガラスの破片のようにぎらぎらと舞うパッセージが圧巻だ。そこに火の不定形や熱さは一見感じられない。熱いというより冷たく痛いが、これは極点をいく姿である。ちょうど高温と低温に等しく火傷するように、怜悧に鋭角的に表現されることでより一層の臨場感を増す火の本質。入れ物より中身である。事実とも理(ことわり)とも非なるリアリティの深層に触れたいとき、黒田京子の音楽が無性に聴きたくなる。(*文中敬称略。2012年11月3日記)


追記;
なお、この日は途中で調律を挟みながら進行し、録音終了後にはブースで録ったばかりの一曲を試聴することもできた。観客にとっては、音の生成について意識を鋭敏にする稀有な体験であった。アルバムの完成が楽しみだ。リリースは来春を予定しているという。


【関連リンク】
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