Concert Report#482

マウリツィオ・ポリーニ/ポリーニ・パースペクティヴ2012
2012年11月2日(金) @サントリーホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

マウリツィオ・ポリーニ(Maurizio Pollini;pf.)

カールハインツ・シュトックハウゼン:ピアノ曲VII/ピアノ曲IX
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第24番嬰ヘ長調op.78「テレーゼ」
         :ピアノ・ソナタ第25番ト長調op.79
<休憩>
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第26番嬰変ホ長調op.81a「告別」
         :ピアノ・ソナタ第27番ホ短調op.90
<アンコール>
「6つのバガテル」op.126より第3番、第4番

マウリツィオ・ポリーニが2011年のルツェルン音楽祭からスタートさせたというプロジェクト、「ポリーニ・パースペクティヴ」。マンゾーニやシュトックハウゼン、ラッヘルマンやシャリーノといった現代作曲家を、ベートーヴェンと対比させるプログラムである。今回の日本公演も、全6公演中4公演でベートーヴェンの中・後期のソナタとこれらの作曲家を並置、残る2公演では現代作曲家のみの室内楽アンサンブル(ア・カペラもふくむ)にプロデューサーとして関わるという趣旨である(ちなみに、室内楽プロジェクトでは息子のダニエレも加わる)。第2公演にあたるB-S(Bach〜Stockhausen)プログラムを聴いた。


音間をくぐり抜けるゆたかな音像〜シュトックハウゼン

ポリーニといえば、冷徹ともいえるほどに練りあげられた理知的な演奏、とだれもが思い浮かべる。類まれな構成力と、集中力の極みの結果としてうみだされる練磨された音像-----かのベネデッティ=ミケランジェリがそうであるように、紋切型のイタリア人演奏家のイメージとは一線を画する、「北イタリアの音」ともいうべき硬質で緻密な薫りを感じる。この日のシュトックハウゼンも、現代音楽としての奇抜さは前面に出ることなく、音と音との狭間や人力を超えたところの響きの次元に、ポリーニの着眼点はあるかのようだ。クリスタル・クリアな音色は、ポリーニ流としか称し得ないアウラをもって立ち昇る。厳格さと柔軟性を併せもつ音色である。強弱の対比甚だしき楽曲にあって、音像は残響〜沈黙〜再生のあいだを表情ゆたかに巡る。完璧主義のポリーニだけあって、譜めくりの人に容赦なくNo!を浴びせかける姿も、もはや風物詩と化している感がある。彼の要求するレヴェルは1ミリの破綻も許さぬほどに高いのだ。


最速の音色に浸みわたる濃厚な歌ごころ〜ベートーヴェン

ベートーヴェンの4曲のピアノ・ソナタに至っては、毎度ながらその絢爛たる指捌きに恍惚とさせられる。あたかも、先に奏されたシュトックハウゼンでピアノの鳴りの調整を終えたかのように(ピアノはスタインウェイ、お抱え調律師の名である”Fabbrini”の文字も刻印されている)、自由自在な疾走をみせる。ソナタの第25番など、フレッシュかつ絢爛な音のタペストリーのシークエンス。ふと作曲家の個性を不問にしてしまうような瞬間も。古今東西、超絶技巧の持ち主数あれど、これほど均一に均された指の運動性と、どんな微細な音量であっても指の「当たり」のインパクトを電撃のように聴き手に伝えるピアニズムは、やはりポリーニをおいて他にない。88鍵がカートゥーンのように踊り出しながらも、同時に梃子(てこ)でも動かぬ理性に束ねられている。

後半の「告別」、第27番では楽曲の構造が大きくなったこともあろうが、ポリーニ第一級のヴィルチュオズィティが存分に発揮されていた。古稀を迎えたという境地も加味されてか、あのピアノ線をダイレクトに震撼させる知性の極北のような音色はもちろんのこと、「うた」が濃厚に浸み込んだ求心力のある和声部分に年輪が感じられる。大理石のように怜悧な音の冴えと切れ味は、たとえば「告別」の第2楽章からフィナーレへと雪崩れこむに至って、ひじょうに直線的なベクトルで攻め込んでくる。音のスプラッシュが眩いばかりだ。トリの27番では、響きのやわらかな伸びを制御するかのように、鍵盤上方から被せるようなタッチでずしずしと垂直的な迫力を醸す。終楽章では音域の拡大がそのまま無理のないダイナミクスとなり、夥しい音の生命として視野が切り開かれていく感覚が実に爽快だ。決してブレることのない音楽の芯、奥底から発光する自生力みなぎる音色によって変幻自在に造形される音楽。ピアノ全体が余すところなくその行為に貢献しているのだ。楽器のソノリティの極限をためしてきたベートーヴェンとシュトックハウゼン-----ふたりの作曲家は、ポリーニのアクションのうちにいまだに試行錯誤のチャンスを得ている。(*文中敬称略。11月4日記)









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