Live Report#482

ジャズを謳歌する春〜豪州ワンガラッタ・ジャズ・フェスティバル
2012年11月2日〜5日 @オーストラリア・ビクトリア州ワンガラッタ市
Reported & photographed by 高橋ゆり Yuri Takahashi

 オーストラリアのジャズ・ミュージシャンを見渡すと、なかなかどうして魅力的な人たちがたくさんいる。ベテランも元気いっぱいだし、生きのいい若手もどんどん出て来る。けれども私の住むシドニーでさえ、ジャズのライブが聴けるお店の数は限られているし、メルボルンやパースなど他都市をベースにしたミュージシャンにはそうそうお目にかかれない。でも、ワンガラッタ・ジャズ・フェスティバルに行けば豪州選りすぐりのミュージシャンの演奏がまとめて聴けて、このフェスがオージー・ジャズの活力の大動脈になっていることが実感できる。

♪ オージー・ジャズを聴いて、感じる

 去る11月2日から5日まで開催された第23回ワンガラッタ・ジャズ・フェスに行ってきた。その魅力に惹かれて私も毎年のように足を運ぶようになって久しい。今回のフェスは期間中ずっと好天に恵まれ、爽やかな新緑に包まれた週末は何といっても快適だった。ワンガラッタ市はビクトリア州内陸部にあり、シドニーからは飛行機と車で3〜4時間、メルボルンからは車で2時間半の場所にある。のどかな地方都市がこの時ばかりは町をあげて100余りのホットなコンサートを提供する。このイベントはもともと市の町おこしとして始まり、会場の運営の多くは市民ボランティアによって支えられているのだ。
 期間中はほぼ30分きざみで七つある屋内外の会場でコンサートが始まる。オージー・ジャズの歴史と現在を見て、聴いて、感じるには最適の機会。ジャズ・グルーピーの性(さが)、朝から晩まであちらの会場、こちらの会場と走り回り、他の都市から来た友人たちと再会を喜び合い、カフェでコンサートの感想を言い合い、一緒に行った夫とまともに顔を合わせるのはホテルぐらいだった。夫と私とは音楽の好みが違うことがよくあるので、彼は彼で自分の興味のある会場に行く。時々遠くの席に座っている夫の顔が見え、お互い手を振り合ってまた別れた。

♪ 火の玉4人組とマイク・ノックのデュオ

 印象に残った演奏を思い出すと、まずデイビッド・アデス・カルテット。1980年代のオーストラリアのプログレッシブ・ジャズを牽引した人と言うが、ライブを聞いたのは初めて。ちょっと遅れて会場に足を踏み入れると、こ、これはまるで大ホール会場に熱風が吹きわたっているかのよう。デイビッドのアルトに呼応して、ジュリエン・ウィルソン(ts,bcl)が、ジョナサン・ズワルツ(b)が、ダニー・フィッシャー(ds)が火の玉四人組と化す。でも容赦ない熱さというより熱い血潮、人間的なぬくもりを感じる素晴らしいステージだった。
 オーストラリア・ジャズの重鎮マイク・ノックとギタリスト、スティーヴ・マグナソンとデュオ・コンサートも格別な体験だった。マイクはグランド・ピアノとともにNordのキーボードを弾きながら会場の小ホールに宇宙的な空間を創り出し、スティーヴのギターが牧歌的な微妙な色合いをつけていく。<ビューティフル・ラブ>もテーマが奏でられた後、二人の世界に溶解していった。雄大な自然のうつろいをかみしめていくかのように感じられるひとときを経て、静寂に戻り最後の曲が終わった。
 この後、スティーヴは自身のカルテット、「マグネット」を率いて同ホールに登場。スティーヴの他はユージン・ボール(tp)、ふだんはアルゼンチンに住むセルジオ・ベレソブスキー(ds) 、それとヴォイスのカール・パンヌッゾ。これは全即興によるステージで三人の楽器に絡むセルジオのささやきから叫びまで、肉声がなんともドラマティック。親友同士の間に言葉はいらない、サウンドがあれば会話が成り立つのだなあと感じた。

♪ オウドの名手タワドロスと円熟の歌手ニコール

 それから、今年75歳を迎えた大ベテラン、バーニー・マクガン(as)が鬼才ポール・グラボウスキー(p)と組んだ、スペシャル・カルテットも印象的だった。マクガンは曲の合間に少し疲れが見えるようだったが、バンドのグルーブ感よし、入魂の<ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド>は聴衆をうならせた。
 ジョゼフ・タワドロスはエジプトの民族楽器オウド(ウード)の名手でジョン・アバークロンビーやジャック・ディジョネットとの共演の経験を持つ。その彼がジャズ・ミュージシャンを含むカルテットを率いて登場。ジョゼフの超絶技巧のオウドを彼の弟の情熱的なタンバリンが追い上げ、エキサイティングな一時間に。個人的にはジャズ側メンバーがジョゼフの盛り上げに終始していた感じで、一部単調に思えたが、600席の大ホールの観客を釘づけにした異色コンサートだった。
 いよいよ円熟の域にさしかかってきたボーカリスト、ミッシェル・ニコールのステージ。気取らないトークも楽しく、彼女の実力をいかんなく発揮したものだった。今回はヘンリー・マンシーニの曲を中心に、アンディ・ウィリアムスのあの懐かしい<ムーン・リバー>もひねりを加えたジャジーな味わいに仕上げられ、思わずため息。

♪ コンテストでは歌手クリスティン・ベラーディが優勝

 オーストラリアから続々と優秀な若手が育っている理由のひとつは、間違いなくこのジャズ・フェスの35歳以下を対象にしたコンテストだろう。毎年課題楽器を変えつつ全豪ベストのミュージシャンを選び出す。先のミッシェル・ニコールも1998年の優勝者で、今年の課題はボーカルのため、あれから12年たった今、ミシェルはベテラン歌手ヴィンス・ジョーンズとともにこのコンテストの審査員を務めた。これにはあと主査としてマイク・ノックが毎年加わる。フェス中、二日にわたって10人が繰り広げたセミ・ファイナルを勝ちぬいて決勝に望んだ3人。栄冠はクリスティン・ベラーディに輝いた。どこかフォーク、ポップス調が彼女風のジャズに自然に織りこまれた個性派シンガー。クリスティンが最後に歌ったオリジナル曲、パートナーとのもどかしい関係に悩む女性の姿を聴衆の心に訴える迫力で表現したのはさすが。ちなみに彼女は2006年のモントルー・ジャズ・フェス・ボーカル・コンペでの優勝者でもある。2位のケイト・ケルセイ・サグはピアノの弾き語りもできる歌姫。清楚な味わいがよく、これからが楽しみ。3位のリズ・トバイアスはアデレード出身で現在はボストン在住。ハリケーン・サンディの大被害の中、必死の思いで大会に駆けつけた。よくスイングしてバンドもスイングさせたが、長旅ゆえの息切れか〆の<ブラック・コーヒー>が粗くなったのは残念。それにしても10人の注文の違う歌手に合わせて共演を続けたトリオのサム・キーバース(p)、サム・アニング(b)、ラジーブ・ジャヤウィーラ(ds)、お疲れさま。彼らの高度な技量と柔軟な音楽性にも脱帽。

♪ 「トリオM」などアメリカからのゲストも

 ワンガラッタでは海外からのゲスト・スターにも会える。ミラ・メルフォード(p)、マット・ウィルソン(ds)、マーク・ドレッサー(b)からなるアメリカの「トリオM」は創意工夫あふれるインプロが刺激的。別セットで豪州勢、フィル・スレーター(tp)、スコット・ティンクラー(tp)、サイモン・バーカー(ds)、と合体バンドを組んだ方は見逃したが、よかったという人あり、いまひとつ盛り上がらなかったという人あり、真相はどうだったのかなー。それから、リラックスした大人の夜を演出したアメリカの新鋭黒人シンガー、グレゴリー・ポーター。観客サービスなのかポップス調、ラテン調なんでもありなのはちょっと飽きたが、<ワークソング>の力強さには引きつけられた。 

♪ フェスをサポートするブルース・ミュージシャンたち

 ワンガラッタ・ジャズ・フェスの正式名称はワンガラッタ・ジャズ&ブルース・フェスティバル。本命のジャズを続けていくためサポート・プログラム的にこちらも長年続けられている。でも添え物と思うなかれ。かつてジョン・メイオールも出演したクオリティー・イベントだ。ニューオリンズを代表するブルース・ピアニスト、ジョン・クリアリーのステージを見に行った。宵闇迫る大テント会場は解放感いっぱい、夜のピクニック感覚だ。屋台ではワインが飛ぶように売れている。ワンガラッタは広大なワイナリーの中に位置するリゾート地でもあるのだ。会場に押し寄せた人はざっと2000人はいただろう。メルボルンから来た女性の友人二人と運よく合流、みんなでワイン・グラス片手に最前列の席に陣取った。
 ジョン・クリアリーの聞く者を笑わせまた泣かせる歌とピアノは絶品。軽いおしゃべりを交えながらニューオリンズのブルースの歴史がわかるような選曲をする心にくさ。彼はイギリス出身で部外者の目でこの音楽を分析できることにもよるのだろう。こんなソウルフルな歌声はじっと座って聞くものじゃありません。舞台と客席の間にはダンス・スペースが設けられていて、すでに100人以上が踊っていた。我々3人もその中ヘ突入!
 続いて登場したオーストラリアの逸材、レイ・ビードル。ニュージーランドのマオリ族出身の彼は今や豪州を代表するブルース・ギタリスト兼歌手。彼はずっとトラックの運転手をしながら活動を続け、音楽で一本立ちできるようになったのはつい最近だという。彼の歌は人生の苦労がにじみながら気品があり、ギターはその卓越したテクニックを越えて人間性の深みが感じられた。

♪ 音楽監督エイドリアン・ジャクソンの質へのこだわり

 数年前、ワンガラッタ・ジャズ・フェスに来訪したあるアメリカ人ミュージシャンが「こんなに聴衆が熱心に聴くジャズ・フェスは初めて」と言った。オーストラリアの原生林で行われるジャズ祭がなぜかくも人々を惹きつけるのか。忘れてはいけない一人がこのフェスの初回から音楽監督を務めてきたエイドリアン・ジャクソンだ。それは彼のクオリティー・ジャズ(それとブルース)へのこだわりに基づいていることに他ならないだろう。資金を始め様々な困難と戦いながらも常に音楽の質を核にしてきたことが、このイベントを豪州を代表するジャズ・フェスにしていることは確実だ。帰る日に翌年のフェスのためホテルの予約をしていくリピーターも多い。かくいう私も数えたら今年でこのフェスに来たのは連続12回目だった。オーストラリアの住民として、このフェスとこの国のミュージシャンたちを続けて応援していきたいと思う。

www.wangarattajazz.com  


デイビッド・アデス(左)。右はジョナサン・ズワルツ。


マイク・ノック。リハーサルでのスナップ。


スティーヴ・マグナソン。リハーサルでのスナップ。


ボーカル・コンテスト優勝者。
左からケイト・ケルセイ・サグ(2位)、
クリスティン・ベラルディ(1位)、
リズ・トバイアス(3位)


レイ・ビードル



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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
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