Live Report#484

マルチン・ヴァシレフスキ・トリオ
2012年11月6日(火) @白寿ホール
Reported by 岡島豊樹 Toyoki Okajima
Photos by オノセイゲン Seigen Ono(Saidera Paradiso)

マルチン・ヴァシレフスキ(piano)
スワヴォミル・クルキエヴィチ(bass)
ミハウ・ミシュキエヴィチ(drums)

Set list:
1. An den kleinen Radioapparat
2. Mosaic
3. Oz Guizos
4. Big Foot
5. Ballad Of The Sad Young Men
6. Song For Swirek
7. Rosemary's Baby
8. Night Train To You
encore: Diamonds And Pearls

ポーランドのマルチン・ヴァシレフスキ・トリオの生演奏をようやく聴けた。ポーランドと言えば、このところ自国の音楽を精力的にプロモートしている様子だ。2010年に「ショパン生誕200年記念祭」が日本で開かれたとき、マルチンの4つ上の先輩ジャズ・ピアニスト、レシェク・モジュジェルも含まれていたのは興味深かった。ポーランドではかれこれ20年ほど前からショパン作品のジャズ解釈をしてアルバムを作るピアニストが続出してきたが、その中で異彩を放っていたのがそのモジュジェルだった。たとえば、チャーリー・パーカーのビバップ・フレーズ的にエチュードをパラフレーズするなんてことをサラリとやるかと思えば、プリペアドしてマズルカをやってしまう。しかも、ショパン生誕記念コンサートのプログラムだというのに、クシシュトフ・コメダが残した楽曲を混ぜたのには驚いた。それを認めるポーランドはなかなかいかした国ではないか。この国ではショパンもコメダも同じようにリスペクトされているということだろう。ポーランドでジャズはコメダの時代(50年代〜60年代)からはるかに時を経た今、ますます盛り上がっているような感触がある。その中でひときわ光る1人、鬼才モジュジェルが来たのだから、彼に劣らず輝かしい才能の持ち主であるマルチン・ヴァシレフスキのトリオも来るんじゃないかと期待した人は多かったに違いない。ソングエクス・ジャズが良い形でそれを叶えてくれたことを祝したいと思う。
さて、マルチン・ヴァシレフスキ(ピアノ、1975年生まれ)は、早くから非凡な才能を認められていた。今回のチラシに「寡黙さのなかに宿る詩情。心安らぐ憂愁」なんて文句が刷ってあったが、確かに哀愁味のあるリリカルなメロディを産み出す能力に長けていることは、早くからコメダ・スタンダードの解釈でも浮き彫りになっていたし、オリジナル曲となって結晶してもいた。しかし、エレジー系やアダージョ系などのバラードに特化するのではなく、快活なスイングやドライヴもいけることもすでに初期のアルバムで示されていた。マルチン18歳の1993年に今のトリオの顔ぶれが揃い、以来20年近くになる。一心同体にして、相互触発的な偶然性もよしとする演奏方針を保っていることがライヴ映像からうかがわれる。その間、ポーランド・ジャズ界の第一人者であるトマシュ・スタンコのレギュラー・カルテットとして15年も一緒に演奏した(1994〜2009)。このカルテットは一度来日しポーランド大使館で招待演奏が催されたらしいが、残念ながら聴けなかった。それはともかく、ポーランドのエレジー王スタンコの音楽では隠れ場所がない。皆つねに進行に即してキメ細かな音作りをしていなければムラが露呈するし、音楽が成り立たない。そんな中で一緒に切磋琢磨してきたスワヴォミル・クルキエヴィチ(ベース)、ミハウ・ミシュキエヴィチ(ドラムス)とのトリオは、独特の世界を獲得するための重要な経験を積み重ねたようだ。
コンサートは、どこか悲し気で、いつくしみ深く、謹厳な趣きさえも含んだ三者のゆったりした交わりから始まった。あぁ、来たな。これはこのトリオのECMにおける3作のアルバムに共通するオープニング・パターンでもある。コンサートでこれが行われると何かリチュアルのように感じて思わず襟を正してしまった。すると清楚な美メロが浮び上がる。アイスラーの「An den kleinen Radioappart」が会場にゆっくり染みわたっていく。
 続いてスルリと単刀直入に始まったのは、マルチンの自作「Mosaic」だった。演目リストからもおわかりのように、このコンサートの選曲は一番新しいアルバム『Faithhful』(ECM2208)収録曲が中心だった。その中でも「Mosaic」と「Night Train To You」というマルチンの珠玉の2大オリジナル曲が生で聴けて自分は誠に嬉しい。どちらも匠の曲だと思う。「Mosaic」では、いくつかのチャーミングなメロディとその多彩な変奏がカレイドスコープのように去来した。トリオは実にリラックスして、アドリブすることを楽しんでいる様子がわかる。コンサートも佳境に入った頃に奏でられた「Night Train to You」は、すぐに脳に刻み込まれるくらいの親しみやすいメロディがループする曲だが、すばらしく巧みにリズム的、動的な変化をつけてあり、彼らは何通りにもアーティキュレーションを試み、ホットな即興インタープレイ、インプロヴィゼーションを繰り出してくる。テーマ・メロディがシンプルだけに、マルチンのフレーズ的発想の豊かさを確認できた。楽しくて、楽しくて、あっというまに15分ほど過ぎたかもしれない。
 このトリオのオリジナル・レパートリーが充実していくのは楽しみだ。特にこの2曲の演奏ではいわゆる学習とか刷り込みの痕跡みたいなものがほとんどうかがわれず、ずばりマルチン・ヴァシレフスキ・トリオ色が輝いている。確かな土台となる曲があるので、クルキエヴィチ(ベース)もミシュキエヴィチ(ドラムス)も自然に自分を出しているようだし、ミシュキエヴィチともなると打楽器でメロディを歌っているんじゃないかというくらい一種ポリフォニックなプレイで絡んでくるシーンもあって新鮮だった。
 解釈ものでは、コメダの「ローズマリーの赤ちゃん」も演奏されたが、この曲の演奏によくある幽寂なイメージ操作をするのではなく、けっこうハイな演奏なのにビックリだった。その勢いで「スヴァンテティック」か「カットルナ」あたりをやってエキサイトさせて欲しかったなとも思ったが、彼らに義務は無い。その代わりのはずはないが、ブレイの「Big Foot」でベテランECMファンを涙目にさせるだけでなく、ジャズの経験の蓄積をもとに機知的な応酬を交えながら大胆に解釈しまくり、その目をついには見開かせただろう。
 ポーランド、ハンガリー、チェコといった中欧では現在まことに若く才能に富んだジャズ・ミュージシャンがひしめいている。ここはひとつソング・エクスさんにがんばっていただきシリーズ化してほしいものである。

関連リンク:
http://www.jazztokyo.com/guest/stanko/stanko.html
http://www.jazztokyo.com/live-report/v63/v63.html

編集部から:
なお、当夜のPAはオノ セイゲン氏が担当。コメントとラインナップを寄せてもらった;

かなり画期的な、クリアリティ完璧な音になりましたよ。
http://www.songxjazz.com/news/2012/10/107.html
++
大きなPAスピーカとか、PAコンソールとか一切なしで、生音と区別つかない音質で音量だけ上げられる。後ろ向きのスピーカは、手作りのホリゾントに音をあてて楽器と同じようにホールのレスポンスを造り出しています。この方式がいま一番おもしろいと思っています。EQもまったく使用せず。Bass DIのみlow cut入れました。

Equipment List:
DPA Microphones
4012 X 2 for Piano
4016 X2 for Drums
4006 X2 for stage
4035 for Kick (far)
4021 for Bass
Grace Design 801 Microphone amp.
TD712zMK2 X 10 for Venue main and Stage monitor.

https://www.facebook.com/saideramastering
http://webdacapo.magazineworld.jp/culture/music/92486/







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