Concert Report#485

<ロシア・ピアニズムの継承者たち>第7回
ダン・タイ・ソン「ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全曲演奏会」
2012年11月7日・8日 @すみだトリフォニーホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

ダン・タイ・ソン(Dang Thai Son;ピアノ)
クラウディオ・クルス(Claudio Cruz;指揮)
新日本フィルハーモニー交響楽団(New Japan Philharmonic;管弦楽)


【第1夜】11月7日
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調op.15
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調op.19
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調op.37

【第2夜】11月8日
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調op.58
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調op73「皇帝」

*アンコール(ソロ)
ドビュッシー:前奏曲集より「花火」

すみだトリフォニーホールの企画による「ロシア・ピアニズムの継承者たち」、第7回を迎えた今回はダン・タイ・ソン、しかも彼としては世界初となるベートーヴェンのコンチェルト全曲を引っ提げての登場である。ロシア・ピアニズムの継承者にヴェトナム出身のダン・タイ・ソンは一見かみ合わなく思われるかもしれないが、彼はモスクワ音楽院でドミトリー・バシキーロフに薫陶を受けたという正統な潮流に位置する。そうした事実を考慮しても、指揮はブラジル人、オーケストラは日本人によるオール・ベートーヴェン・プログラム、というのも面白い。クラシック音楽の垣根も遍(あまね)く世界に広がったものだと実感する次第だ。


硬質な音色の波をドライヴさせるタッチの綾〜ダン・タイ・ソン

前後を逆に述べさせてもらえば、コンチェルト全曲を弾き切って、アンコールに奏されたドビュッシーの「花火」の音色が、それまでのベートーヴェンと対極にあるようなタッチと響きであり、かつ筆者がダン・タイ・ソンに抱いていたイメージそのものであったことに改めて驚いた。靄(もや)のなかで痕跡も留めずに自在に姿を変えるムーヴメント。柔から硬までの幅広いダイナミック・レンジは寸分の隙もない流暢さである。ロマンティックで華麗という、まさにかつての「ショパン・コンクールの覇者」にぴったりのピアニズムであったわけだが、2夜にわたって繰り広げられたベートーヴェンは、それを一瞬忘れさせるほどの新境地を打ち立てていたということである。

何よりもそのタッチである。ひじょうにキネティックな動き、といえようか。少々時代がかっているとも感じられるほど、壮麗な音色を維持する構築力に満ちている。継ぎ目のないなめらかさよりも、上下へのバウンド力へと意識が喚起される。並みのピアニストがこれを行えば、タイプライターのような無味乾燥さが表へ出てしまうのだろうが、絶えず品格漂う上質なソノリティにつつまれている。このタッチは一体何なのだろう、と聴きすすむうち、コンチェルトの第2番あたりで、その独特な使い分けを目のあたりにする。鍵盤を縦方向から、払い清めるようにスナップさせるタッチと、手首をがくんと低く設定しての、勢いよくはじき出す攻撃的なタッチとが絶妙なバランスで組み合わされているのだ。テクスチュアと響きの両面で、抑制と挑発の掛け合いのような律動を生む。慎み深さと鷹揚さが混在したような気配だ。こうしたピアニズムは、装飾音が豊富なロンドや(すべてのコンチェルトを通して)、即興性が試されるカデンツァの部分などでエッジの効いた個性を発揮する。しかし、音色はあくまで芯がしっかりとし、凛としたものだ。音の輪郭をブレンドさせてピアニスティックな多彩さを出すのではなく、確かな運動性で個々の音を引き締めては畳みかけていくことによって迫力を増していた第3番のカデンツァ、「皇帝」でのクリスタル・クリアなオクターヴのパッセージなどが鮮烈に記憶にのこる。


視覚的にも見ごたえのある包容力豊かな指揮〜クラウディオ・クルス

こうした一見生まじめともとれるピアニズムを類まれな包容力で支えていたのが、指揮者のクラウディオ・クルスである。メリハリの効いた、観客から見ても一寸早めなアクションをとる身体のうごきは、小気味よくフレッシュなサウンドをつぎつぎと引き出し、繋いでゆく。例えば、アンサンブルも安定してきた第2夜。コンチェルト第4番のフィナーレでは、オーケストラとピアノとの呼吸がぴったりと合うことによるスウィング感が、ピアノのクリアな音色がともすれば生んでしまう音質の痩せをカヴァーする。オーケストラのような大所帯での自然なスウィング、阿吽(あうん)の呼吸こそ、指揮者の気回しの成果であろう。要所での曲想の切り替えもダイナミックだ。弦のレヴェルが高い新日本フィルだが、指揮者自身が室内楽奏者として活躍したヴァイオリニストであるためか、コンマスに大らかにリードをゆだね、ヴィオラなどの中音域も充実していた。オーケストラとピアノとが分かち難くサウンドの凹凸を担っていたという点で、「協奏」形態としても理想的な相性であったようだ。(*文中敬称略。11月16日記)











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