Concert Report#490

尾形大介ピアノ・リサイタル
2012年10月19日(金) @東京オペラシティ・リサイタルホール
Reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)

<プログラム>
ハイドン:ソナタハ短調Hob.XVI/20
ベートーヴェン:ソナタヘ短調op.57「熱情」
<休憩>
リスト:B-A-C-Hの主題による幻想曲とフーガ
ハマリ:ソナタ-MRI-*
バルトーク:ソナタSz.80(1926)
*日本初演

<アンコール>
リスト:愛の夢第3番
ピエール・サンカン:オルゴール
ドビュッシー:月の光

頭脳明晰、スケールの大きなピアニストである。楽器の核心へのアプローチ、その鳴らし方を知っている。尾形大介は山口県出身。武蔵野音楽大学大学院をクロイツァー賞を得て修了。その後10年の長きにわたるヨーロッパでの研鑽へと旅立つ。ハンガリー政府奨学生、文化庁芸術家海外研修員としてブタペストのリスト音楽院を首席で卒業。イェス・ヤンドーに師事。その後ドイツへとわたり、ヴュルツブルク音楽大学でアンドラ―シュ・ハマリのマイスタークラスに学び、満場一致の最高得点でドイツ国家演奏家資格を取得している。これまで、リスト国際コンクールをはじめ、内外の数々のコンクールで優秀な成績を収めている。オーケストラとの共演や室内楽、ハンガリーの国営放送「バルトーク・ラジオ」への出演等、多彩な活動を続けている尾形の、留学生活の総決算ともいえる帰国後初リサイタル。プログラムも、ドイツとハンガリー両国にゆかりの深い、古典から現代までの作曲家で固めている。とりわけ、師であるアンドラーシュ・ハマリのソナタ-MRI-は、本邦初演。尾形の熱い思いが伝わってくるようである。


作曲家への深い洞察から生まれる、スケールの大きなテンペラメント

音色というものに特化した演奏である。うつくしい音色とは、それぞれの作曲家に相応しい音のことである...正統であるからこそ蔑(ないがし)ろにされがちなこうした基準を、改めて認識させられる。非常に硬質な粒立ちの良さを身上としながらも、実にニュアンス豊富な音色である。それは作曲家ごとにみごとに使い分けがなされており、直前の手癖が後を濁すということはない。プログラムの個々を鮮やかに引き立たせつつも、全体を俯瞰するとき、曲を超えて特定のパーツが対比されては浮き彫りになるような、メリハリの良さと収斂がある。解釈も深淵で、作品とがっぷりと四つに組む潔さ、構えの大きさが魅力だ。曲を透かして作曲家の人間が見える...その境地へと至るのに近道もまやかしもない。そうした虚飾を排した真摯さが、ときに金属の粉が舞うかのようなテンペラメントを生んでいる。

すぐれた楽曲の解析力に裏打ちされた前半のハイドンとベートーヴェン。ハイドンらしさを瑞々しく体現した一音の連続は、春の微風のようなほのかな香気を、厳格な構成のなかに滲ませる。「熱情」では、この曲を制する要ともいえる音間の引き締め、無音や残響の部分での求心力漲るエネルギーの充溢など、貫録たっぷりである。とかく両端楽章のみが注目されがちなこの名曲において、緩徐楽章でのじっくりと炙りだすような歌い込みは、なかなかに渋好みである。ハーモニーを形成する各々の音の芯の強さ。それらを追うだけで、作曲家の迸(ほとばし)る情念の推移を辿ることができる。強靭なフォルテの部分でのグルーヴも良いが、織物でいうなら網の目を掬ってゆくような一見地味な部分にこそ、このピアニストの着実さが表れているようで好もしい。


前衛作曲家の個性も「音色」で弾き分け...ハマリ「ソナタ-MRI-」

さて、後半はリスト、ハマリ、バルトークというハンガリーもの3曲。まず、リストではプログラム前半のベートーヴェンと比較して、一気に音色の虹彩が増し視野がぐんと広がるような錯覚を受ける。二手とはおもえぬ重層感を醸し出していたが、その場の空気が攪拌されればされるほど、次に控えるハマリのソナタが、蜃気楼のような存在感でもって逆に浮かびあがる仕組みだ。アンドラーシュ・ハマリは1950年ハンガリー生まれ、現在はドイツを拠点に活躍するピアニスト兼作曲家。このソナタ-MRI-はタイトルが示すとおり、作曲家がMRI検査受診時に曲想を得たもの。音域も高低幅広く取られ、ピアニスティックなかき鳴らしも散見されるが、そのノイジーさは、強音の箇所のみならず弱音になっても維持される。一音・一響が点を穿って地図を成すような、アナログ感が連綿と拡散してゆく。高精度の造り込みのなかに、自然発生的な音像をも含有する。音色の生成そのものが、現時と記憶のあいだを行ったりきたりする。打鍵の強度や複雑なリズムなど、楽器の運動性を前面に押し出しながらも、決め手はやはり音色である。エキセントリックに張り裂ける高音部のパッセージなどに、どこかリスト的な壮麗さや、バルトーク流の土着感にも似た懐かしさを感じるものの、明らかに既聴感ではないある種のとまどいを覚えるのだ。きっとこれが「ハマリの音」なのだろう...。そう聴き手に納得させる。作曲家が現代に近づくほど、その個性を確実に客席へ届けることは難しいはずだ。それを実現しているところに、尾形大介の肝の据わった大器ぶりを感じる。アンコールに奏されたピエール・サンカンも小品ながら出色の出来映えで、いずれフランス近・現代ものも聴いてみたいと切に思わせた(*文中敬称略)。

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