Concert Report#491

日生劇場開場50周年記念〈特別公演〉
オペラ《メデア》
2012年11月10日 @日生劇場
Reported by 佐伯ふみ
Photos by 林 喜代種

原作:F.グリルパルツァー『金羊皮』より第3部「メデア」
台本・作曲:アリベルト・ライマン
指揮:下野竜也
管弦楽:読売日本交響楽団
演出:飯塚励生
美術:イタロ・グラッシ

【キャスト】
メデア:大隈智佳子
ゴラ:清水華澄
イヤソン:与那城敬
クレオン:大野徹也
クレオサ:山下牧子
使者:彌勒忠史

 稀に見る高水準の、刺激的な舞台。いわゆる現代音楽のオペラで、見終わってこれほどの充足感、そして「美しいものに触れた」という確かな感動を残す公演は珍しい。出演者も甲乙つけがたい名演。長く記憶に残るであろう、素晴らしい日本初演の舞台だった。日生劇場開場50周年記念であると同時に、読売日本交響楽団創立50周年、二期会創立60周年の記念公演。

 作曲・台本のアリベルト・ライマンは1936年ベルリン生まれ。2010年にウィーン国立歌劇場で委嘱初演された本作は彼の73歳の作品ということになるが、非常に若々しく、新鮮な魅力を湛えた佳品である(本公演には作曲者も立ち会い、喝采を受けていた。立ち居振る舞いも若々しい作曲家であった)。長くベルリン音楽大学で現代歌曲を教え、多くの歌手・伴奏者を育てたというライマン。ヘフリガーやフィッシャー=ディースカウの伴奏者としても著名と聞けば、なぜこれほど聴き手に生理的な快感をもたらす音楽を生みだせるのか、納得できる。おそらく歌い手がまず快感を得られるような、感情を乗せやすい音楽づくりをしているからだ。
 とはいえあの音楽をすべて身体に叩き込み、舞台で歌い演じるのは至難のわざだったろう。ありきたりの「メロディ」を拒絶するような、断片的で奇妙な抑揚をもった極小の音型が、極端に広い音域を行きつ戻りつ、延々と続く。オケの各楽器もそれぞれ短い音型で、緻密なやりとりをしながらドラマを盛りあげていく。歌い・演奏する側は、一瞬たりとも気の抜けない作品に違いない。
 しかし、登場人物の一人一人の心の動きは丁寧に描かれ、ほんの短いやりとりからドラマが急展開しても必然の流れとして納得がいくし、主人公メデアが自分の子どもを手にかける残酷な所業についても、彼女の誇りと母親としての心情を思えば、さもありなんと共感がもてる。遠くギリシャ神話に由来する、禍々しくも荒唐無稽な物語が、非常にモダンな、自立した女性の物語に生まれ変わり、幕切れのメデアは神々しいほど美しく見えた。安易なヒューマニズムなどこれっぽっちもないのに、人間心理に対する深い洞察力、そして人間という(どうしようもない)存在への透徹した愛情を感じさせる台本と音楽。おそらくそれが、観劇後の爽やかな充足感につながっているのだ。

 物語は、自国イオルコスから追放された王子イヤソンとその妻メデアが、かつてイヤソンと縁のあったコリント王クレオンに庇護を求めたところから始まる。
 メデアはもともとイヤソンにとっては異世界の国の王女。魔術を使うメデアに助けられ、追い求めていた秘宝・金色の羊の毛皮(金羊皮)を手に入れる。しかし秘宝を持ち帰ったイオルコスで、父王を追い出し王座を占める伯父ペリアスにまたもや難題を出され困窮。そんな折、メデアと2人きりで居たペリアスが急死し、殺害の疑いをかけられたイヤソンとメデアは逃亡する。ここまでがグリルパルツァーの原作『金羊皮』の第1・2部にあたり、このオペラには直接描かれていない前史となる。
 さて原作の第3部つまり本オペラは、コリントに身を寄せたメデアが魔術の道具と金羊皮を地中深く埋め、異国の地になじもうと決意を表明する場面から始まる。結婚し2人の子どもに恵まれたイヤソンとメデアだが、このとき既にイヤソンはメデアに嫌気がさしている。メデアは健気にも、コリント王の娘クレオサに音楽を習うなど努力を重ねる。しかしイヤソンは昔なじみのクレオサに心惹かれ、コリント王もまたイヤソンを後継者にと考え始め、メデアは次第に居場所を失っていく。
 そんなとき、ギリシャ都市国家同盟から使者が到着し、イオルコス王ペリアス殺害の疑いのあるイヤソンとメデアを追放するようコリント王に迫る。しかしコリント王はイヤソンの引き渡しは拒絶。その代わりにメデアを追放する決心をする。イヤソンは身勝手にも2人の子どもは自分の後継ぎとして手許に残そうとし、メデアひとりを突き放す。ペリアス殺害を否定し、イヤソンをかきくどくメデア。子どもは1人だけなら連れていってもよいとの返事を引き出したものの、なんと、すでにクレオサになついた子どもたちはメデアの呼びかけに応じようとしない。すべてを失ったメデアは再び魔術の道具を手にし、クレオサを殺害、2人の子どもも手にかける。
 幕切れ、襤褸をまとい荒野を彷徨するイヤソンの前に、メデアが幻影のように、金羊皮をまとった姿で現れる。この呪われた毛皮をデルフォイの神殿に返し、自らの首をその供え物としたいと言い、去っていくメデア。「夢は終わった、しかし夜はまだ続く」とひとり呟くイヤソンを残して幕。

 舞台の両端には、オーケストラの金管と木管が分けて配置され、多種多彩な打楽器類がその後ろに控える。この配置は音響的・視覚的になかなか興味深いもので、おそらく奏者たちにとっても互いの音をやりとりしやすい形であったろう。衣装はややオーソドックス。神話の世界よりは現代性を表現したほうが良かったように感じたが。ダンサーの使い方・動き、少々説明的か。下野竜也指揮の読売日響のオケは、弦のピッチに時折乱れを聴いたが、複雑極まるリズム・拍節の音楽をきびきびと巧みに運んでいた。

 歌手は、メデアの大隈智佳子、イヤソンの与那城敬、いずれも堂々たる歌唱。メデアはあの歌でほぼ出ずっぱり、後のケアはさぞ大変であろうと心配になるくらい。しかし、自分を抑えに抑えてイヤソンに尽くそうと努力していたメデアが、数々の恥辱の果てに再び金羊皮を手にして「メデアは再びメデアになった!」と絶叫する、目のさめるようなあの歌唱。一転して幕切れの、悲しみと怒りと憎しみと犯した罪への畏れをすべて内に抱え込んだ、静謐な佇まい。忘れがたい名演であった。
 ゴアの清水華澄は、出番は少なめだが存在感十分の佇まいと声。出色だったのは使者役の彌勒忠史。なんと力強く清新な声の響きだったろう。メデアに限らず登場人物すべての運命が、この使者の登場をもって暗転するのである。それを予告するにふさわしい声、舞台姿であった。













WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.