Concert Report#492

「マイケル・ティルソン・トーマス/サンフランシスコ交響楽団
アジア・ツアー2012東京公演/ユジャ・ワン」
2012年11月19日(月) @サントリーホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林 喜代種 (Kiyotane Hayashi)

<出演>
マイケル・ティルソン・トーマス (Michael Tilson Thomas:音楽監督/指揮)
サンフランシスコ交響楽団 (San Francisco Symphony)
ユジャ・ワン (Yuja Wang:ピアノ)*

<プログラム>
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲op.43*
[幕間アンコール]プーランク:ピアノのための連弾組曲第3楽章
<休憩>
マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調

創立100年を超える歴史をもつアメリカ屈指のオーケストラ、サンフランシスコ交響楽団 (San Francisco Symphony;以下SFSと表記) の第11代音楽監督としてマイケル・ティルソン・トーマス (Michael Tilson Thomas;以下MTT) が就任したのは1995年。ブロムシュテットの後任ということもあり、様々な話題を呼んだが、今季で18年目を迎える長期政権となった。SFSは日本とのゆかりも深く、1968年の同楽団初の海外公演先であるばかりか、1970から7年にわたり小澤征爾が音楽監督を務めたことも知られているとおりだ。今回は1997年に次いで15年ぶりの日本公演であり、MTTとのコンビも2度目。就任2年目の前回と比べていったいどのような境地をみせてくれるものかと、否が応にも期待は高まる。


挑発的なソリストを際立たせつつ絡めとる、成熟のサポート

まずはラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』。ソリストにはユジャ・ワンの登場である。この日のユジャは大胆を通りこしたどぎついスリットの入ったパープルのドレスで登場、舞台栄えするMTTとともに、さながらゴージャスなショウを観ているかのような華やかさである。アメリカという国の芸能の伝統、その層の厚さを目の当たりにするおもいだ。演奏のほうは、服装が示すアクティヴさと不敵さそのままに、ぐいぐいと思い切りよく、スポーティに音楽を推進してゆく。全身バネと化して、このオーケストラの特質である均整のとれたサウンドの中へと没入したり先導したり、コントロール巧みである。ユジャ自身この曲は十八番とみえ、金管や弦などパートの求心力のたかい音色を引き立てつつも、自らの強みのひとつである弾力性秀でるパーカッシヴなタッチで全体の音の造形を泡立たせてゆく。瞬時の判断で、ピアノとオーケストラが相互補完的に音のひずみを埋めてゆく、といったらよいだろうか。双方が即興性に長けたプレイを聴かせる。MTTの知的かつヒューマニスティックな音の束ねに、全身でもって応え、委ねる。ピアニストが天才とはいえ若いということもあるが、随所で小回りの利いた成熟ぶりをみせたのはオーケストラのほうで、ピアノは外堀のように感じた瞬間も少なからずあった。あの夢幻的なメロディが現れる第18変奏でも、ピアノの瑞々しくも健気な音色もうつくしかったが、ひたすら感心させられるのはやはりオーケストラのマグネティックな音質のほうである。MTTの大翼を広げるがごとき大らかな指揮の下、各奏者が一丸となって持てる歌心を存分にぶつける様は清廉である。クライマックスのピアノのカデンツァは、オクターヴ・グリッサンドを駆使した眼も眩まんばかりの超絶技巧で、ここはスター・ピアニストの面目躍如といったところ。そもそも、オーケストラの成熟とユジャの挑発性、という好対照はそのまま指揮者とピアニストのコンビにも当てはまる構図であり、いかにも紳士然としたMTTとはねっかえりの若い娘、というミュージカルさながらのコミカルさを生んでいる。それを当人たちも熟知しているところも、なかなかの役者でじつにアメリカ的だ、と微笑ましくおもった(ユジャにはさらに、エキセントリックな天才肌、という定着した己のイメージを巧く利用しつつも、その裏でしたたかな熟成を遂げてほしいと切に願う)。


現代までを鳥瞰する「今」のマーラー、圧倒的な金管の巧さ

そんなMTTとユジャによる仲睦まじい幕間アンコール、プーランクの『ピアノのための連弾組曲』第3番を経て、プログラム後半はいよいよマーラーの第5シンフォニーである。ひとりの人間に例えれば、ゆりかごから成人するほどまでの長い間を共にしている指揮者とオーケストラである。さすがに貫録のある、重層的でたっぷりとしたサウンドを聴かせる。MTTの指揮はすみずみまで配慮の行き届いたものであり、男性的で雄渾なマーラーではないかもしれないが、その語り口は一見ソフトながら、洗練と柔軟性、決断力に富み、かつその時々に生まれ出る音の成り行きを楽しむような余裕が感じられる。どうやらこの指揮者に至っては、威厳とユーモアは正比例するものであるようだ。当然と言わんばかりに、この長大なシンフォニーでは暗譜である。トランペットやホルン、バスーンなど金管パートが随所で圧倒的な活躍をみせるこの曲にあって、コントラバスは左後方一列に配置、右後方に陣取る金管との兼ね合いで、相互の音が生きるよう考慮されている。各楽器がかもし出すハーモ二クスがバランスよく天上へと昇っては降り注ぐ。とりわけ印象にのこるのが、金管パートの巧みな音色使いだ。冒頭のファンファーレでのトランペットは、空気にすっと馴染む自在さと速度があり、かつ透明度と立体的な音の造形にすぐれる。後半の楽章でも、ホルンのアンサンブルの見事さはもとより、バスーンやトロンボーンなどでのプランジャー使いが実に巧みで現代的であり、新鮮な解釈を進んで採り入れてきたオーケストラの実績を自然にもの語る。これらディストーションを掛けられた音たちが空間へと斬り込む際の刹那感は、音楽を縒りあげ、馬力とドライヴを加速する。SFSも他の一流オーケストラ同様、弦パートの充実ぶりは言わずもがなで、その分厚い音のダイナミズム、集約から拡散へ移行するときのエッジの利いた翻りの素早さ、弱音になればなるほどインパクトを強める極度の集中力など、さながら広大な大地の神秘を鳥瞰するかのようなスリルに溢れていた。終演後、何度もステージへ引き返しては、帰りゆく観客に深々と敬礼していたMTTの律儀な姿も強く印象にのこる (*文中敬称略。Kayo Fushiya)。


【関連リンク】
http://www.sfsymphony.org/
http://www.michaeltilsonthomas.com/Home.aspx
http://www.yujawang.com/









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