Concert Report#493

B→C バッハからコンテンポラリーへ
146 近藤 千花子(クラリネット)
2012年11月20日(火) @東京オペラシティ リサイタルホール
Reported by 多田雅範/Niseko-Rossy Pi-Pikoe

クラリネット:近藤 千花子
ピアノ&チェンバロ:寺嶋陸也*
チェロ:桑田 歩**

J.S.バッハ:協奏曲 ト短調 BWV1056a */**
J.M.モルター:クラリネット協奏曲第4番 ニ長調 */**
B.バルトーク/寺嶋陸也編:《ミクロコスモス》から **
第63番「つぶやき」/第79番「J.S.B.へのオマージュ」/第113番「ブルガリアン・リズム1」/第114番「主題と転回」/第115番「ブルガリアン・リズム2」/第97番「ノットゥルノ」/第123番「スタッカートとレガート2」/第124番「スタッカート」/第125番「舟遊び」/第130番「田舎のおふざけ」
B.マルティヌー:クラリネットとピアノのためのソナチネ(1956)*

B.マントヴァーニ:クラリネット・ソロのための《バグ》(1999)
E.-P.サロネン:クラリネットとチェンバロのための《ミーティング》(1982)*
細川俊夫:エディ─ クラリネットのための(2009)
L.バーンスタイン:クラリネットとピアノのためのソナタ(1941〜42)*

[アンコール] エルガー:ロマンス

音楽の可能性、楽器の可能性を垣間見せてくれた素晴らしいコンサートだった!

たしか東京交響楽団には光るクラリネット奏者がいた記憶はある。わたしの場合、コンサートに行っても演奏者をじっと見たり細かく楽器群の鳴りをチェックするようなことはなくて、会場の中空を見つめるか目を閉じてか、全身で受け止めたい態度で居ることが多い。オケの中心でクラリネットの鳴りは重要だな、と、思った記憶があってオケの中のクラリネットの重心を定位させる感覚ができてきた時期でもあった。

まさにそのクラリネット奏者だった。

しかもピカイチのピアニスト寺嶋陸也が共演である。寺嶋がチェンバロでのトリオ演奏。期待が高まる。チェンバロは難しい楽器だ、鬼才テラシマのタッチが封印されたようにタイム感覚が浮き出る特質だけで挑んでいるように響き始めた。ある意味、テラシマらしいチェンバロの階段様式が演奏を規定してゆく。

近藤のクラリネット、さすが最強音のピーク値とタテヨコの直線の狂い無さ。これだ。

しかし、彼女は明確に気付いていた。「あ。日本の感覚ではこうなるのだわ。」

階段をタタタタッと駆けのぼるようなタイム感覚、だ。

これが階段をタタタタッと駆け降りるようになるとヨーロッパ的な、またはクヮトロ・ピアチェーリや小澤洋介やハーゲン弦楽四重奏団になる。

さらに空中を泳ぐようになるとハインツ・ホリガーやゲヴァントハウス管弦楽団やハウルの動く城になる。思いっきり単純化して記述するとそうなる。

バッハやバルトークの演奏に対して、「駆け降りるような」「空中を泳ぐような」を期待するのは無理があるのかもしれないが、そこは、コンポジションに敬意を払うか、従属するのか、自分たちのタイム感覚で料理し切って打ち出すのか、と、態度によって現れてくると思う。

それはいわば、わたしの直近のクラシック体験、名手ハインツ・ホリガーの至高のタイム感覚のあとであるから、分がわるかったかもしれない。いくつか並んだコンテンポラリーなコンポジションは、技巧と楽譜で細密工芸品展示会になりがちなゲンダイオンガクの枠組みにあったままに聴こえてしまう。

それでも近藤のクラリネット演奏は、枠組みを超えるように格闘していたのが印象的だった。聴きながら、近藤が瞬時瞬時に探る可能性を共有しながら体験することができた。

このところ現代ジャズや即興のシーンで楽器としてのクラリネットが復権している。オールドスタイルな、人生を語るような、または情念を吹きあげるサックスの後退の反動として。トーンやソノリティに対して先鋭的な試みが多くなされている。そういった他ジャンルのコンテンポラリーの耳(アンテナ)で近藤のクラリネットを聴いてもそのセンシティヴィティには互角以上のものがある。

桑田のチェロも、的確で深い表現に至っていた。近藤、寺嶋、桑田のコンビネーションも、手堅いものを感じたが、長年トリオを組んでいる熟成のような一体感までは至らず、互いに距離感を察知しあう動的な調整を愉しむ領域である。欠点とは言えない。

マルティヌー、細川俊夫の演奏が良かった。バルトークのテラシマ編曲にも新味があった。

聴きながら、コンポジションの多様性と、都度近藤が見せるクラリネットの表現の可能性を想いながら楽しんだ。アンコールのエルガーの強烈な抒情の提示、に、近藤の重要な資質を見たような気がした。コンサートの主旨であるB→Cにこだわって選曲するのではなく、エルガーから始まるようなプログラムで、近藤の心の重要な場所にあるコンポジションを並べたほうが、彼女の資質がより活きたのではないかと思った。そう思いながら、より大きな拍手を送っていた。



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