Concert Report#494

浜口奈々/ラヴェル ピアノ独奏曲全曲演奏会第1夜
2012年11月22日(木) @王子ホール
Reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)

<出演>
浜口奈々(Nana Hamaguchi:pf)

<プログラム>
ラヴェル:古風なメヌエット
     :水の戯れ
     :ハイドンの名によるメヌエット
     :ソナチネ
     :高雅で感傷的なワルツ

<休憩>
     :クープランの墓
     :亡き王女のためのパヴァーヌ

明確なヴィジョンのもとに花開くクールビューティ

安川加寿子やヴラド・ペルルミュテールの流れを汲むピアニストとして、フランスものには定評のあるヴェテラン・ピアニスト、浜口奈々がラヴェルのピアノ独奏曲全曲演奏会を2夜に分けて開催中である。第1夜を聴いた(第2夜は年明けの開催)。

浜口奈々というピアニストのスタイリストぶりがよく伝わってきた。通常の女性ピアニストにありがちな華やかなドレス姿ではなく、黒のパンツ・スーツで颯爽と登場、曲も各セットともに極力間隔を置かずに弾き進める。解釈は虚飾がなく実にクール。それは、とかく過多な色彩のあわいをもつ印象主義との安直な連想のもと、ドビュッシーなどと「フランス的響き」としてひと括りにされてきた一般的イメージとは裏腹に、古典的な作風のもとに個性的な詩情あふれる音世界を展開させたモーリス・ラヴェルの触媒として、理にかなう姿であったといえる。

まず、音色がひじょうに自然である。このような音を出したい、という明確な意志が直球に伝わってくるが、私小説的な自意識は淘汰された音でもある。自然、というのはそういう意味であり、音の透明度や表面上のテクスチュアとは別次元の、もっと音そのものの芯に関わる部分で、プロポーションが取れている。「古風なメヌエット」、「水の戯れ」と続くなか、不協和音はあくまで不協和音として、音質のムラはあくまで不安定な音の性(さが)として、それぞれの響きを全うする潔さがある。ピアニスティックな流暢さで聴き手を幻惑するよりも先に、まず作品の屋台骨をすっきりと浮かび上がらせる。

そうした見通しのよい構造があってはじめて、豊富な音色のさざめきが枝葉としての充実をみせるのだ。指さばきの一歩先にある、響きの次元でのブレンド力が先読みされている。冷静なヴィジョンと、それが生むシュール・レアルな響きの妖とのあいだには、古典と近現代以上の開きがある。考えてみれば、これほどラヴェルらしいストレートな斬りこみもあるまい。


『ソナチネ』、『高雅にして感傷的なワルツ』、『クープランの墓』と、数曲によるユニットとしての楽曲の規模が増すほど、感情の表出はタイトになり、曲そのものの古典的な構造がおのずと語る。刃が剥くようなぎらついた質感から、黒子と化してひたすらハンマーの落下運動と同化しきったような密やかなものまで、音色の展開はリズムや跳躍を内に採りこんだ筋肉質を帯びている。たとえば『高雅〜』の第6ワルツでは、パッションが迸(ほとばし)る強音の部分でも、ダイレクトで縦割りともいえる響きの統制に軋みが生じることはない。最終ワルツなどでみられた、混濁の芯をかすかに残す巧妙なぺダリングにも意思的なものを感じる。

パーカッシヴで華やかな連打がとかく気を惹く『クープランの墓』のなかにあって、むしろひっそりとした佇まいの「フォルラーヌ」と「メヌエット」がつよく印象にのこった。双方とも、すみずみまで配慮が行き届きつつも、怜悧なスパイスが効いた好演。柔から鋼への急速なワープの途上に、たゆたうようなアンニュイさがふと顔をだす。両曲とも高音部の処理が洒脱で、神経の際(きわ)を爪で掻くような弱音の装飾音(フォルラーヌ)、氷柱の倒壊をおもわせる大胆な単音の冴え(メヌエット)など、現代的でノイジーな仕掛けがさりげなく施されている。第2夜にも期待したい(*文中敬称略)。



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