Concert Report#495

日本ヘンデル協会コンサートシリーズ Vol.17
ヘンデル オペラ《パルテノペ》HWV27
2012年11月23日 @渋谷区文化総合センター大和田さくらホール
Reported by 佐伯ふみ
Photos by (r) Yukiko H

【キャスト】

パルテノペ(ソプラノ):藤井あや
アルサーチェ(カウンターテナー):上杉清仁
ロズミーラ/エウリメーネ(メゾソプラノ):高橋ちはる
エミリオ(テノール):及川豊
アルミンド(ソプラノ):民秋理(たみあき・みち)
オルモンテ(バリトン):加藤直紀

従者/バロック・ダンス:熊田恵
侍女:長谷部千晶
エミリオ軍の将軍:辻康介

演出:原雅巳

管弦楽:ヘンデル・インスティテュート・ジャパン・オーケストラ

 1730年にロンドンで初演されたヘンデル円熟期のオペラ、日本初演。台本はイタリア語、三幕のコンパクトな構成、合唱や重唱はほとんどなくアリアとレチタティーヴォでドラマが進行する。管弦楽は指揮者なしの11人(ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、ヴィオローネ、フルート、オーボエ2、トランペット、ホルン、チェンバロ)。
 以下、読みごたえのあるプログラムより、作品の生まれた背景をまとめると...1710年代にロンドンに移住し、国立音楽アカデミーの作曲家として次々にヒットを飛ばしていたヘンデルだが、英語のバラッド・オペラ《乞食オペラ》が民間の劇場で大ヒットしたのを機に人気が凋落、アカデミーは一時閉鎖を余儀なくされる。その後、失地回復を目指して送り出された作品群の1つがこの《パルテノペ》らしい。ヘンデル作品では珍しく、神話や歴史物語に題材をとらず、理屈抜きで楽しめるコメディとなっている。

 パルテノペとはナポリの別名、そしてこの物語の主人公(女王)の名前であり、その名を冠した国の名でもある。彼女の愛を得るべく、近隣国の王子ら3人(アルサーチェ、アルミンド、エミリオ)が恋の鞘当てを演じる。エミリオはマッチョ・タイプで、パルテノペに兵を率いて攻め込み、彼女を屈服させようとする。アルミンドは逆に、女王のそばにいるにもかかわらず、内気で想いを打ち明けられない。女王の心はアルサーチェに傾いているのだが、この男はいわくつきで、キプロスの王女ロズミーラと婚約までしておきながら裏切った過去がある。
 物語はこのロズミーラが、裏切り者の元許婚をこらしめようと、男装しアルメニアの王子エウリメーネという偽名でパルテノペの宮廷に現れたところから始まる。いち早くそれと気づき、動揺するアルサーチェ。自分が女であることを絶対に言わぬようにと釘を刺し、偽名のまま宮廷の中で意味深長な態度を取り続けるエウリメーネ(=ロズミーラ)。何も知らない女王に対し、何かにつけてアルサーチェが不実な人間であることを仄めかすエウリメーネに、最初は鷹揚に接するものの遂に怒りを爆発させる女王。エウリメーネは、自分は裏切られたロズミーラの代わりにアルサーチェに決闘を挑みにきたのだと告白する。後ろぐらい過去を認めたアルサーチェに女王は失望し、彼との愛を諦める。
 終幕、ついに決闘の時。なんとか事態を打開しようとアルサーチェは土壇場で、双方が上半身裸で闘うことを提案。皆が賛同し追い込まれたエウリメーネは、実は自分こそロズミーラであると打ち明ける。女王はアルミンドと、ロズミーラはアルサーチェと元の鞘に納まり、大団円となって幕。

 まず台本が非常によく出来ていて、多くの登場人物のキャラクターがはっきりと描き分けられ、それぞれの心理の綾、やりとりの妙が、無理なく台詞と音楽によって表現されていることに驚く。ヘンデルの新たな一面を見せてもらった思い。見ながらしきりに、のちのモーツァルトの(《フィガロ》など)複雑極まる人物関係を膨大な台詞と音楽で描ききる、鮮やかな手並みを思い出していた。後半の喜劇の色濃い進行は、とくにロズミーラ(高橋ちはる)とアルサーチェ(上杉清仁)の確かな歌唱とコミカルな演技に助けられ、何度も客席から笑いが起こるほど。遠く西欧のバロックのオペラ、といった距離を忘れ、純粋にドラマを楽しむことができた。

 標題役の藤井あやは美しく気品のある舞台姿。決して歌唱や演技で劣るわけではないのだが、受け身に回る役柄でもあり、ロズミーラに食われた観あり。女王の威厳を示さなければならない場面も多いが、ロズミーラに苛立ちを募らせたり、裏切ったアルサーチェをロズミーラと一緒になって苛める場面など、「可愛い女」のコケティッシュな魅力をもう少し加えても良かったかもしれない。
 アルミンドの民秋理は非常に美しい高音が魅力的。だが、何か不明瞭さや不安定さを感じてしまうのは、エミリオも同じ。歌手たちの奮闘を見ながら、バロック・オペラの歌手に必要不可欠なものはいったい何か、考え続けていた。おそらく鍵になるのは精妙・正確な音程感覚、そして明瞭なアーティキュレーションであろう。それが最も優れていたのが高橋ちはるで、魅力的な声質もあいまって、大きな存在感を発揮していた。他の歌手たちにはそれぞれ、何がしかの不明瞭さ、不安定さを感じさせるところがあり、そうなると、人物としての存在感、リアリティまで薄れて見えてくる。こうしたオペラを歌い演じることの難しさ・面白さを思わされた。

 演出では、さまざまな面で細やかな工夫があることはわかるのだが、それらが統合されて、一つの明確なメッセージを発していたかどうかは疑問。歌手たちのストップモーション(静止画)の動きは、時間の制約など致し方ない事情もあろうが十分にこなれておらず、意図が明確に伝わってこない。舞台の左右に配置された額縁や、時々舞台に持ち出される絵、バロック・ダンスなども同様。
 「バロック・オペラ」とは何か、それを示してみせることがこの公演の大きな目的であろうから、それに沿ってさまざまな工夫がなされていることはわかる。しかしとくに前半は、このオペラの、現代人にも通じる面白さが――「バロック」とか「ヘンデル」のイメージを払拭するような――逆に、見えにくかったように思う。オペラはなによりもエンターテインメント、まず、楽しめる舞台であってほしいし、このヘンデル作品には時代の制約を超える普遍的な魅力があった。
 ともあれ、そのような作品の存在に気づかせてくれて、オペラ上演とはどうあるべきかを考えさせてくれた、貴重な公演であったことは間違いない。









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