Concert Report#499

ワディム・レーピン ヴァイオリンリサイタル
2012年12月16日(日) @サントリーホール
Reported by 伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by 林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

<出演>
ワディム・レーピン(Vadim Repin;vln)
イタマール・ゴラン(Itamar Golan;pf)

<プログラム>
グリーグ;ヴァイオリン・ソナタ第2番ト長調op.13
ラヴェル;ヴァイオリン・ソナタト長調
<休憩>
バルトーク;狂詩曲第1番
ショーソン;詩曲op.25
ラヴェル;ツィガーヌ

*アンコール
ポンセ;エストレリータ
クライスラー;中国の太鼓

ブーニンやキーシンらとともにソ連の天才少年ブームを担っていたのもごく最近のように感じていたが、そんなレーピンも早40歳を超えたという。月日の速さに驚くばかりだが、その間ずっと天才として第一線を張り続けているのだから恐れ入る。しかも、神童が大人になったときの姿にありがちな、今一歩人間として成長しきれていないような脆弱さを少しも漂わせることのない、堂々とした押し出しの良さ、溌剌とした精神をもつ大人の男性としての年齢相応のエネルギーを湛えている。ヴァイオリンを弾かない瞬間にふとあらわれる、虚空を見据える表情などはさすがに人生の大半をステージで過ごしてきた人間の貫禄と余裕である。そこにはスリルと背中合わせの、メランコリックな刹那感すら漂う。

共演ピアニストのイタマール・ゴランの存在が重要な鍵である。著名なアーティストからひっぱりだこで、レーピンともコンビを組んで長いが、単なる「伴奏ピアニスト」ではなく、完全に互角をなす。この日のピアニストがヴァイオリニストを引き立てるだけの一歩下がった存在であったとしたら、感想は通り一遍のものとなったであろうし、そもそもこのようなプログラムの場合、大人しいピアニストならば曲負けする。レーピンが技術的に何でもこなす超絶技巧の持ち主であることは火を見るより明らかな事実であるので、誰も今さらそれを再確認しようとはおもわない。そうした次元を超えたところの、音楽家魂の広範なる適応力や複数の時空を跨ぐ飛翔を見たいのだ。共演ピアニストは、レーピンをそうしたトリップに送りだすのではなく、海千山千を完全に同行できる力量の持ち主でなければならない。作曲家の出自の別のみでなく、ブルースから種々のフォークロア、ジプシー音階まで、オーソドックスからは逸脱した手法が散りばめられたプログラム構成なのだから。事実、優等生が弾いても何の面白味も出まい。


互角な存在のデュオによる屈強な音楽性

かようなふたりの互角性のもと、終始屈強に音楽が展開された。ピアノの蓋はソロの時と同様に全開である。空間制御にすぐれたピアノである。ゴム鞠のようなバウンドで上下に律動するため、ホリゾンタルにどこまでもやわらかく拡張してゆくレーピンのヴァイオリンと正面衝突することもない。しかし、相互補完よりは強く主張しあう。ひたすら同ウェイトな二重奏は、グリーグの第2ソナタのように、ソナタ形式が3部形式の緩徐楽章を挟む規則的な曲に至っては、構造のからくりが次々に暴かれていくかのようなたたみ掛けの醍醐味がある。次は何が出てくるのか、と時系列に則ってこちらの知覚のテンションも徐々に開かれ、底上げされてくる。レーピンの音楽は、艶々しい音色の照りが豊かな実りをみせるときも感服するが、その途上がすでにスタイルを成す。音色未満の部分でのアクロバティックな運動の悉くが、ひじょうに有機的に無駄なく展開しては収まる。部分と全体が感応しあうもので、空気のうえにさりげなく乗せたような音の断片も、振り返れば音楽全体へのジャンクション・ポイントとして作用しているのである。ゴランのピアノはサウンドの安定剤というよりも、誘発剤の役目を果たしていることがおおく、例えば後半のバルトークでは、卓越した拍子感覚のもと、少々誇張気味に付点リズムを波立たせてはレーピンのヴィルチュオズィティが爆発するように煽る。しかし、どれほど技巧が冴えをみせても、音楽の華がしぼまないことは前述のとおりだ。このふたりが屈強なのはフィジカルな面だけではなく、歌心や感応力といったソフト面も負けず劣らずにしぶといのである。技巧が白熱すれば、音楽的なやわらかさや丸みもくっきりと倍加される。


「血の通い」の諸相を見せる

愛器グァルネリ・デル・ジェズ(1743年製)の威力とともに、レーピンの音楽性の深い沈潜力をとくと見せつけられたのがラストのショーソンとラヴェルである。ざらざらとしたアナログ感の合間を深く蛇行する低音のヴィブラートにはじまり、ほぼ口琴のごとき強圧的な浸透をみせた高音部のピアニッシモによるエンディングまで、絶えずどこかに肉声が介在するかのような「血の通い」を客席にまで届けた『詩曲』。エレクトリック・ヴァイオリンもたじろぐほどの戦慄である。また、『ツィガーヌ』では、ピッツィカートとトリルの応酬が、さながらヴァイオリンとピアノによる音の乱射対決の様相をみせた箇所もあった。双方が空気を切り裂いてはシャッフルする最速の切れ味である。冒頭の沈鬱なヴァイオリン・ソロから考えると、眩暈を覚えるほどの心理的距離だが、あたかもひと筆書きで実現される。

音楽の引出しは無限大のふたりが、限られた時間とスペースでもち得る限りを出そうとする。徹底して聴かせるための音楽。そうした情熱がときに過剰なまでの濃い味となって押してくる、実に手応えと腹もちのよいデュオであった(*文中敬称略。12月16日記)。


【関連リンク】
http://www.vadimrepin.com/











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