Concert Report#504

東京フィルハーモニー交響楽団第75回東京オペラシティ定期シリーズ
2013年1月17日(木) @東京オペラシティ・コンサートホール
Reported by伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

<出演>
ダン・エッティンガー(Dan Ettinger;指揮)

ミシェル・クライダー(Michele Crider;ソプラノ)
エドナ・プロフニック (Edna Prochnik;アルト)
ハビエル・モレノ(Xavier moreno;テナー)
堀内康雄(Yasuo Horiuchi;バス)

新国立歌劇場合唱団(合唱指導;富平恭平)
東京フィルハーモニー交響楽団 (コンサートマスター;荒井英治)
新山恵理(オルガン)

ロッシーニ / 小荘厳ミサ曲(オーケストラ版)

新しい年にふさわしい、厳かで晴れやかなステージであった。世界各地の歌劇場において順調にキャリアを積んできた俊英ダン・エッティンガーが、オペラで名高い作曲家・ロッシーニ初の教会音楽への試み「小荘厳ミサ曲」を振るというのだから心躍らずにはいられない。しかも、ミシェル・クライダーやハビエル・モレノ、堀内康雄、エドナ・プロフニックといった名実ともに第一線のソリストに大編成の混声合唱、パイプ・オルガンを率いて、のフル装備である。

当初は全14曲を通しての演奏予定であったが、休憩を挟んで7曲ずつに区切るように変更された。それにしても各40分の長丁場である。並の奏者たちの集合体であったならば、かなりの確率で中だるみの瞬間を迎えること必至であろうが、さすが百選練磨のエッティンガーと東フィル。各曲ごとの充実が、ブロックとして立体的に積み重なり、音楽の歓喜の水位が高まるようにじわじわと絞りこんでくる。それは、宗教的なバックグラウンドを持たない者にも背筋が伸びるような覚醒と高揚をもたらすグローバルな音楽であり、人間感情に根ざしている点で、まさにオペラであるといえるだろう。

スケールのおおきな昂揚を引き起こすのに、なにも耳を劈(つんざ)くような強靭な音量を要しないことをエッティンガーは知っている。たとえスコアの指示に最強音(fff)とあったにしても、平面的にたたきつけるような音質ではなく、実にソフトに包み込むようなやわらかさを有している。よって、聴き手の体感強度は予想よりもひくいが、それを補う充足が広がる。人声をつぶさない器楽扱いである。このあたり、指揮者とオーケストラ双方の経験が、ゆたかに邂逅したものだろう。対して合唱が入ってヴォリュームが増すとき、トランペットやトロンボーンなどの管楽器が殊さらに金属質の度合いを強めるのもエッジが効いている。オペラ的な祝祭感の創出との兼ね合いもあろうが、ときにはこのようなアウト気味の音を散りばめられると、シーンはぐっと華やいだものとなる。

宗教曲という性質上、特定の祈りの言葉が繰り返されるという傾向をもっているが、「繰り返し」の部分ほどオーケストラのセンスが如実に現れるものもあるまい。マンネリズムに陥らずに、独立したラインをキープし、かつ音楽全体を支えてはムードを高めていく柔軟な度量、とでもいおうか。冒頭の低音弦からはじまり、東フィルの長丁場を貫く流線形のみごとさに息を呑んだ。エッティンガーの小刻みなリズム把握が、うまく活力を与えてはメリハリを生む。

4人の卓越した歌手たちについては、全員が各々の声の美質を武器としつつ、ダイナミックでありながらも繊細な音の層を成していた。第2曲「グロリア」のバス、第4曲「ドミネ・デウス」のテナー、第9曲「クルチフィクス」のソプラノ、終曲「アニュス・ディ」のアルトと、それぞれのソロの見せ場もたっぷりとあるが、とりわけふたつのパートによるデュオの部分が殊のほか美しかった。例えば、第5曲「クイ・トリス」でのソプラノとアルト。どちらかといえば一本気なプロフニックのアルトに対し、ミシェル・クライダーのソプラノは行間を読むのに長けているとでもいおうか、空気のように縦横無尽な纏(まと)わりをみせる。このクライダー、決して高音部の伸びに透明度があるわけではないが、極を突くよりももっとおおらかで明るいオーラが全音域にわたって備わっている。得がたい個性であろう。2台のハープによるアルペッジョの波に揺り動かされる女声二声は、後半部のカデンツァを含めて慈しみあふれる風を運んでくれた。逆に「クレード」など決然とした場面を歌うシーンでの低音域、とりわけ堀内康雄の浸透力は筋が通ったもので、空気を震撼させる強度がヴェルヴェットのような肉声を貫いている。合唱隊を含む女声部の音質のソフトさをうまくカバーした楽器の配置等、みごとに区画整理されたエッティンガーの聴覚センスの一端をみる思いである。そしてこれは楽器の個体差であるのか、スコアですでに意図されていたものなのか、第11曲「宗教的前奏曲」におけるパイプオルガン・ソロ。その響きの何と未来志向的であることか。感覚がここではない遠くへと急に底上げされる。その飛翔感が作曲当時にも再現されていたとすれば、さぞ革新的であったに違いない。

肉体が享受できるさまざま音をいちどきに味わったような、まことにロッシーニらしい贅沢感を味わえた。エッティンガーから日本の聴衆への、新春へのはなむけである

( *文中敬称略。2013年1月19日記。Kayo Fushiya)。

 











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