Concert Report#505

野瀬栄進・新春ソロ・コンサート
2013年1月18日(金) @渋谷タカギクラヴィア「松濤サロン」
Reported by 悠 雅彦

 ニューヨーク在住のピアニスト、野瀬栄進のソロ・ピアノ演奏会。といって硬い演奏会ではない。ピアノ・アカデミー(調律師養成専門学校)を運営するタカギクラヴィアのサロンは、その名の通りピアノの演奏を肌で触れる距離感で楽しむ贅沢な空間である。板張りのフロアに椅子を並べただけの、恐らく50人入れるかどうかというこじんまりなスペースだが、ここのピアノの音が実に素晴らしい。天井も高くはないので、最強打したときのピアノの音が天井から跳ね返った瞬間、どうしても割れたり歪みがちになったりするのだが、不思議なことにそれがたいして気にならない。いかにも音楽が気持良くスペースをおおっている感じ。脳や身体が心地よさで満たされるのだ。目と鼻の先で黒光りしているピアノ(スタインウェイ・フル・コンサート・グランド・ピアノ)の格調とかクォリティの高さゆえかもしれないが、もしかするとここ松濤サロンのピアノの波長がこのピアノの音やピアニストの音楽を心から楽しんでいる人たちの琴線と触れあっているからこその、至福の音なのかもしれない。

 野瀬は1ヶ月ほど前(昨年の12月10日)にもここで演奏した。さらに2ヶ月ほど遡った10月(1日)にはやはりニューヨークで活動するパーカッション奏者の武石聡とこのサロンで共演したが、この夜の演奏を『The Gate, 2012 / Live in Shibuya』と銘打って発売したところをみると、野瀬自身もこのサロンのスタインウェイがお気に召しているからか、あるいはこのサロンの雰囲気や響きにくるまれて演奏することに悦びを見出しているからだろう。演奏前の軽いメッセージにしても、時おり軽口を飛ばしながら演奏曲を紹介し、熱心な野瀬ファンと言葉を交わしあったりする。硬い演奏会ではないといっても、イージーリスニング・ミュージックをやるわけではむろんない。前半の最後に演奏したドリフターズの<Save the Last Dance for Me>のような過去にヒットした曲をさらりとやることもあるが、彼の演奏合間のトークでその理由が分かったりする。このサロン・ライヴならではの良さといってよい。

 この夜はフリーな短いインプロヴィゼーションで蓋を開け、最近のソロでは必ずと言っていいくらい演奏する<Burning Blue>(7年前に発表した1作のタイトル曲)、同じく自作の<Feeling of Gospel>あたりからはサロンの雰囲気も柔らかく溶け合ってきた。次の演奏楽曲<6. 5>、<Topsy Turvy>のタイトル紹介で、ふと今夜のラインアップは武石聡との『The Gate』の新作の演奏曲と同じだと気がついた。確かめてみたら、間違いない。このあとの<Waiting>や後半の<泡盛ダンス>、アンコールで演奏した<Kuba>を含めて新作のライヴ盤とは8曲が重なっている。といって、深い意味合いがあるわけではなく、多くのライヴで取りあげていて彼には勝手が分かっているからと想像する。デュオとソロとでは演奏アプローチがまったく異なることも考慮する必要があるだろう。それとともにこのサロン・ライヴが私に興味深いのは、昨年12月もそうだったが、折りにふれて作曲してはノートに書きためておきながら、すっかり忘れたままになっていたオリジナル曲を掘り起こす作業に精を出しているらしいこと。帰国して実家で寛いでいるときなどにそれらの楽曲に手を入れてまとめていることが、彼のトークから分かった。たとえば、前半のビギン調で奏された<Lure>などは彼のロマン性が淡い色彩感を伴って聴く者に語りかけるような佳曲。休憩後にワルツの<Circle>に次いで先月に続いて奏された<Right Before Sunset>も同様の経過を経て紹介された1曲で、彼がリッチー・バイラークに師事していた時分に作った<Straight the Plane>とともに私は好ましく聴いた。

 この夜のコンサートで再確認したが、野瀬はクラシック奏法(ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」を札響との共演で演奏している)からバップ、さらには前半で演奏した<泡盛ダンス>のような肘打ちを交えた激情的なフリーにいたるまでの奏法の幅広いコンセプトと、それらを自在に操って展開する技法を獲得している。そうした野瀬ワールドが、演奏者の情感とパッションをしかと受けとめて豊かな響きに還元して放出する、スタインウェイならではの心地よさを伴って聴く者を楽しませた。
 野瀬は昨年の晩秋に父親を亡くした。その次の日に書き上げたという<See-ing You Again>や、出身地の北海道をも襲った東日本大地震の犠牲者を思ってかいたという<息吹>などを含む、極めてレンジの広い、しかも盛り沢山の全17曲。彼の最近の充実した音楽活動を実感させるサロン・ライヴだった。
                             
(2013年1月21日記 Masahiko Yuh)

 





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