Concert Report#507

東京フィルハーモニー交響楽団第827回オーチャード定期演奏会
指揮&ピアノ;渡邊一正
2013年1月27日(日)文化村オーチャードホール
Reported by伏谷佳代(Kayo Fushiya)

<出演>
渡邊一正(指揮&ピアノ)
東京フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター;青木高志)

<プログラム>
小山清茂;管弦楽のための木挽歌
ラヴェル;ピアノ協奏曲ト長調
<休憩>
ストラヴィンスキー;バレエ音楽「春の祭典」

過去には学生音楽コンクール・ピアノ部門小学校の部と中学校の部でともに全国1位に輝き、ピアニストとしてもエリート街道まっしぐらであった渡邊一正が、ラヴェルのコンチェルトを弾き振りし、かつ小山清茂とストラヴィンスキーで前後を固めるという新春らしい意欲的なプログラム。このうちラヴェルとストラヴィンスキーは、今年で東フィルとの関わりが21年目を迎える渡邊が、定期デビューで振った記念すべき曲であるという。渡邊一正というアーティストの全貌をとらえる絶好の機会であった。
 
全体をとおして感知されたのは、そのやわらかさを伴ったダイナミズムである。各々の楽器を、個々の奏者を存分に歌わせる。ひいては楽曲そのものをごく自然に息吹かせる。熾烈ともいえる個性をもったプログラム構成であるにも関わらず、各曲がのびのびと羽をひろげながらも、決してどぎつい衝突やコントラストとして響かせないところに、渡邊の成熟した牽引力が窺われる。

はじめに、民謡が発生して伝播し、ひとびとの精神にまで根を降ろしてゆく過程を描いた小山清茂「管弦楽のための木挽歌」。統一度と透明度のたかい東フィルの弦の響きを下地とし、そこから周波数を掬い取るかのようなシンプルな振りで、リズミックな織をタイトに積み重ねてゆく。締太鼓や櫓太鼓、銅鑼などが躍動する曲であるが、こうした東洋のリズム楽器がその音色に含みこむ哀調や土俗的な力強さが引き立つよう、ティンパニやシンバルの響きがうまく造成される。打楽器群の、エッジの絞りと開放、その適宜な使い分けは曲を成功へと導いた要であった。
 
つづいてのラヴェル「ピアノ協奏曲」。弾き振りということもあり、ピアノは客席へ背をむけるかたちで垂直に配置。こうするとオーケストラとの音の融和は高まるが、ピアノ自体の音色の伸びは沈みこみがちになる点は致し方ないとして、この曲でもカギとなる、練りこまれた「民謡」を渡邊は洒脱に引きだしてみせる。ラヴェルが影響をうけたバスク民謡、その独自の節回しと、ジャズの要素。それらを直接的にではなくフィーリングとしてうまくしのび込ませることで、一見空間がおおくなってしまいがちな「弾き振り」という形態を、風通しのよい清涼感へと替えてしまう。渡邊のピアニストとしての美質があますところなく発揮されたのが長大なソロをもつ緩徐楽章。しっとりと落ち着いたピアノの伴奏形式が、やがて管楽器が加わってからはそのまま澱(よど)みないリズム・キープとしてオーケストラ全体を外側からつつみ込んでゆくあたりは、やはり弾き振りがうむ独特の高揚を味わうことができる。ピアニシモの色彩パレットも鮮やかで、「ピアニスト渡邊一正」を印象づけた一幕。
 
さて、トリであり旬の選曲でもある「春の祭典」はいかがであったか。折りたたむように展開されるストーリィの重厚な読み込みは見事であり、どの楽器も存分に鳴り響く。華やかであり、野太い(フォルティッシモが多すぎた、という感じがしないでもない)。しかし、入念な楽曲構成力とオーケストラの高度な演奏能力とが結託したときに、稀に訪れるのが「巧みという安定感」であり、とりわけこの曲のように反復のうねりが幅を利かせる構造の場合、クライマックスを迎えるにつれて貫禄ばかりが目立ってしまう。もう少々、不穏な、エキサイティングな興奮を聴いたあとに残して欲しかったような気もするが、これは単なる聴き手の嗜好の問題か。論点が興奮の質、についてなのだから、いずれにせよ高次元の演奏であることは間違いないのだが。

最後に、毎回東フィルのプログラム冊子の完成度の高さには感服しているが、今回の「春の祭典」についての池原舞氏による解説もひじょうに丁寧なものであった。この曲を初めて聴く人にとっても解りやすい、良きガイドとなっていたのではないかと付記しておく(*文中敬称略。2013年1月31日記)。


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