Concert Report#508

デニス・コジュヒン ピアノ・リサイタル
2013年2月1日(金) 東京オペラシティコンサートホール
Reported by伏谷佳代(Kayo Fushiya)
Photos by林 喜代種(Kiyotane Hayashi) ※写真は他日公演のものです。

<出演>
デニス・コジュヒン(Denis Kozhukhin;pf)

<プログラム>
オール・ショパン・プログラム
ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調op.35「葬送」
24の前奏曲op.28(第1曲〜第12曲)
<休憩>
24の前奏曲op.28(第13曲〜第24曲)
ピアノ・ソナタ第3番ロ短調op.58

*アンコール
バッハ=ジロティ;前奏曲
シューベルト;即興曲op.90-3

2010年のエリザベート・コンクールの覇者、デニス・コジュヒン。20代の後半を迎えたばかりであるが、独自の研ぎ澄まされた音楽世界は確立し、すでに風格さえ漂いはじめている。今回の来日の目玉であるプロコフィエフのソナタ全演奏を終え、この日はショパンの2曲のソナタのあいだに24の前奏曲を挟みこむという、オール・ショパン・プログラム。たいていの演奏会では、前奏曲はプログラムの後半か前半のどちらかにまとめて据え置かれるが、12曲ずつで区切って配するあたりが少々風変わりである。そして、途中で中断されても全体を貫くテンションや世界観は損なわれぬ−−−その自信を逆証明する形ともなっていた。
 
ロシアに生まれ、スペインで教育を受けたコジュヒンは、その生い立ちそのままに極寒から灼熱までのおおきな寒暖の差を、多彩な音色に溶かし込んでいる。パッセージ間の温度差とその並置から、思わぬきらめきが立ち上るさまは幽玄ですらある。ピアノという楽器はおおきく打楽器として捉えられるがゆえに、鍵盤を叩き出してから奏者のピアニズムの筋(すじ)が露わになるまでさほど時間を要しない。果たしてコジュヒンが葬送ソナタを弾きだして数十秒で、「これは当たりだ!」と聴き手に確信させる静かな凄みがある。「左手は指揮者」とは語り尽くされたショパンの名言だが、ソナタを始めとして全曲にわたってコジュヒンの左手の統率力・ニュアンスづけ・曲想を立体的に照射するセンスは見事というしかない。光沢のある絹糸がぎりぎりまで張りつめたり、しなやかにたわんだりする柔硬のヴァリエーション、それを見据える透徹した俯瞰力。物語は、いささかも途切れることがない。
 
24の前奏曲でも能弁な左手がモノを言うのは、やはり翳(かげ)りのおおい短調の曲のほうである。息のながい成熟したフレージングは、雲の合間を縫うようなはかない高音の瞬きの部分よりも、低音部に楔がうがたれるときにこそ、その男性的なダイナミズムを開花させる。音色の清濁・濃淡のスライドはときに豊かすぎるほどであり、リズムが音色に喰われるような刹那的な静止にハッとすることしきりだ。このあたりは筋肉使い・アゴーギクの見事さでもある。コジュヒンの前奏曲が新鮮なかがやきに満ちているのは、名曲にいたっても、人々の脳裏に刻み込まれているメロディ以外のところが強力に息吹いているからで、しばしワンフレーズの奇特な存在感が全体のそれを凌ぐ。たとえば聴き手を震撼させるほどの妖気を漂わせた終曲も、テンポは決して速くない。もっぱら音質と構成センスの勝利である。
 
最後に奏されたソナタ第3番は、この日の集大成ともいえる充実した出来映え。たっぷりと謳われる詩情、壮麗たる威容を湛えた骨組み、表情豊かに切り換わる独創的なフレーズ解釈の積み重ね。細部の躍動が汲めども尽きぬニュアンスをうみ、小が常に大を兼ねるような合理性をもつ。俊敏な指捌きとねとつくような情念が拮抗しつつ白熱する。コンクールでこういった演奏を見せつけられたら、審査員の反応はどういったものだろう、と想像するだに痛快である(*文中敬称略。2013年2月4日記)。

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