Concert Report#510

バッハ:パルティータ全6曲/岡田将ピアノ・リサイタル
2013年3月2日(土) 浜離宮朝日ホール
Reported by伏谷佳代(Kayo Fushiya)

<出演>
岡田将(Masaru Okada : pf)
*使用ピアノ;1948年製ニューヨーク・スタインウェイ・フルコンサート・グランド(アート・ヴィンテージ・スタインウェイ)

<プログラム>
J.S.バッハ;パルティータ第1番〜第6番BWV825〜830

*アンコール
リスト;愛の夢第3番

クラヴィーアのためのパルティータ全曲演奏、という記念すべき、大がかりな演奏会ではあるのだが、「大バッハの世界」というよりはたっぷりと「岡田将」を堪能した、というのが演奏会後の感想である。パルティータ演奏の終盤でふと頭を掠めたのが、アンコールにリストの「愛の夢」でも弾いてくれたらさぞ素晴らしいであろう、というもので、実際アンコールがそれであったのは嬉しい偶然であった。超名曲でこそたちどころに片鱗をのぞかせるのが、天才ピアニストの度量というものである。この日のような「愛の夢」はそう聴けるものではない。奏者のなかでの熟成のみが可能たらしめる自由な遠近法、深い呼吸によってもたらされる、音符のすみずみまで息吹く生命力、クリスタルのような音色の奔流。

そう、リスト弾きとして鳴らす岡田将が奏するという点において、例えばかのフランツ・リストの晩年の作品にみられるような、イタリアの陽光や宗教的な神々しさにも通じるものが、バッハのパルティータのなかにも仄見える。すべては同一線上にあるのだ。前述のとおり、岡田の特長のなかでも筆頭に挙げられるのが、格別の音色のうつくしさである。それは、早くにキャリアをスタートさせた者のみが有する、磨き上げられた、揺るがぬ個性である。一音でたちどころに岡田だと分からせる品格とみずみずしさである。やわらかくも芯がある音色は、壮大な構築力のもとにしっかりと束ねられつつも、片時も音楽のドライヴ感をうしなわない。根源的な力の湧出、という意味において、すでに甚だバッハ的であるのだ。この日は日本ピアノサービス提供による1948年製ニューヨーク・スタインウェイを使用していたが、とりわけ装飾音の部分やパーカッシヴなノン・レガート奏法の部分で、楽器のリヴァーブの豊かさや先鋭的で華やかな響きが存分に引き出されていたのはもちろん、それを超えたところで、岡田独特の茫洋ともいえるスケールのおおきさが全体を覆っている。日本人離れした、落ち着きはらった静けさである。

ヨーロッパ宮廷文化の舞曲博覧会ともいえるパルティータであるが、細かな楽曲の特徴などについて、ここで触れる必要はないだろう。構成の点からいえば、全6曲演奏を2曲ずつ区切って休憩も2回挟むという進行は的を得ていたといえる。奏者だけでなく聴き手のテンションの高まりという観点からも適宜である(3曲ずつに区切り休憩を1回挟むのも微妙であろう)。ほぼ似たような舞曲が連続するわけだが、定形の楽しさを毎回あぶり出しながらも、決してマンネリに陥らぬ個々の音楽の充足がある。くり返すが、音がここまでにうつくしいというのは、それだけで至高の瞬間体験なのである。楽曲の規模のうえでもおおきなヤマである中盤の第3番・第4番では、次々と湧き出るきらめくようなフレーズが、空間に刹那性を与える。一回きり、の得難さを痛感させるのだ。両曲間のノン・レガートとレガートの対比も効いており、楽曲を論理的に追う面白さ、定型と究極の自由とが限りなく境界を共にしている境地をも味わうことができた。

筆者の世代で曲がりなりにもピアノに力を入れたことがある者にとって、岡田将はまさにスターであった。筆者もラジオから流れる、全日本学生音楽コンクール全国優勝時の岡田の「スケルツォ第2番」をカセットテープに録音し、くりかえし聴いていた。中学生とは信じがたい大人の演奏であった。早熟の才がかような大成を遂げ、人間性の深みまでが表現に湛えられていることに感服するとともに、早期における個の確立とそれがもたらす深化について考えずにはいられなかった。スターというのは個性である。すでに並外れた才能の少年であった当時から岡田将は岡田将であり、いい意味で印象はさほど変わっていないのだ(*文中敬称略。3月4日記)。

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