Concert Report#511

マリに平和を〜Harmony for Peace Vol.1
2013年2月10日 浜松町カラバッシュ
Reported by Izumi Hongo 本郷 泉
Photo:Toshihiro Mizuura 水浦俊博

♪ マリ北部では音楽の楽しみが禁止されている

少々重たい話から始める。
2013年1月中旬、北アフリカのアルジェリアで起きた人質事件を機に、突然メディア上の露出が増えた隣国のマリ共和国。人質事件との関連をさかんに報道された。が、国自体の混乱の源は2012年3月に発生した軍事クーデターにさかのぼり、以降、政情が不安定な状況が続いている。特に、北部の砂漠地方は、国の混乱に乗じて複数のアルカイダ系の過激派組織が入り込み、人々からつつましいながらも平和な日常を奪い、暴力と恐怖で一帯を支配してしまっている。いくらかでも蓄えのある人は町から逃げ出し、比較的安全な南部の地方、あるいは国境を越え隣国へ避難したが、避難先で収入のあてもなく難民生活を余儀なくされ、他方、その地にとどまるしか術のない住民は、自由を奪われ理不尽な暴力におびえる日々を強いられている。

マリの北部地方の問題は、一部の民族による反政府的な活動など、かねてから懸案されていたことだが、それでも、ここ20数年、マリの政治は西アフリカ諸国の中では比較的安定していたし、国全体として治安も良いことで知られていた。東西南北、地方ごとに特色ある伝統文化が息づき、4箇所の世界遺産は大切な国の財産であると同時に、バックパッカーから団体ツアーまで、多くの外国人観光客を引き寄せてきた。

そして、マリといえば豊かな音楽文化である。すでに日本にすっかり定着した感のあるジェンベというタイコをはじめ、ハープシコートのような美しい音を奏で、その容姿は気高く、最近日本でも奏者が徐々に増えている弦楽器コラや、西アフリカ版ベースのンゴニ、西アフリカ版木琴のバラフォンなど豊富な楽器類に、地方ごとに特色ある伝統音楽は、国の大事な行事からコミュニティや家族単位の小規模な行事に至るまで人々の日常の一部となっている。

ところが、昨年のクーデター以来過激派組織に支配されてしまった北部地方では、スポーツや娯楽、音楽を演奏したり聴いたりすることを禁ずる極端な禁止令が布かれ、破った者は腕を切られるなどの残酷な懲罰が科せられるような事態に陥ってしまっている。そんな過酷な状況が続いてすでに一年近くなるが、アルジェリアの事件がなければ、もしかしたら日本で報道されることはほとんどなかったかもしれない。

♪ マリに平和を〜プロジェクト"Harmony for Peace"を立ち上げた

マリの人々の日常と密接なかかわりのある音楽を奪われるような事態を憂慮し、日本にも少なからずいるマリ音楽好きの有志が集い、音楽を通してマリの置かれている状況を広く知ってもらい、平和な日常を取り戻す呼びかけをしよう、というプロジェクトを立ち上げた。マリから遠く離れた日本にいてできることは限られているかもしれないが、ただ黙って事態を傍観するのは耐え難かったし、広く呼びかけることで接点のなかった人たちとつながり、新しいアクションへと広がってゆくかもしれない。

立ち上げ時の実行委員は5名。実行委員長に在日20年を超えるギターとコラのマリ人名プレーヤー、Mamadou DOUMBIA(ママドゥ・ドゥンビア)、発起人にイラストレーターでコラとサバールの奏者でもある安田尚樹(やすだひさき)、ダンサーでNGOの主宰者の土屋萬佐子(つちやまさこ)、実行委員にンゴニ・プレーヤーの高橋礼子(たかはしゆきこ)、そして、私、本郷である。

最初の顔合わせミーティングは1月下旬。色々な案が出た中で、プロジェクト・タイトルを"Harmony for peace"に決定、2月10日(日)に音楽を中心とした最初のイベントを開催することにした。準備期間が2週間弱しかない中で、会場のブッキング、演奏依頼、広報などなど、これがわたしたちの初仕事とは思えないほどのチームワークの良さで手際よく準備を進められたと思う。チラシやFBサイト、Vol.2以降で使用予定のロゴ・デザインなどのアートワークは全て安田の手による。さらに、無償での演奏を引き受けてくれた出演者だけではなく、会場設営、PA、受付、映像記録、司会など沢山の手弁当による協力にも支えられた。

場所を提供してくれたのは、2006年オープンの、西アフリカ各国の料理が楽しめるレストラン、カラバッシュ。本来休業日だがオーナーの厚意で、Harmony for peaceのために特別に開けていただいた。レストランは50名ほどでいっぱいの広さで、当初参加者は30名程度と予想していた。広報はほぼFacebook上に限られていたし、告知にかけられる時間を考えると、正直なところ30名も来てくれるだろうか、という不安も若干あった。が、当日は大人だけで50名を超える方が足を運んでくださり、実行委員が思っていた以上に多くのかたがこのプロジェクトに関心を持っていてくださることを嬉しく思った。

会場内は、ステージ、客席の他に、休日を返上して出勤してくれたレストラン・スタッフが用意してくれた、マリ料理3種のキャッシュ・オン・デリバリーあり、マリ人アーティストのCDやマリから輸入したフェア・トレード・グッズを販売する物販コーナーあり、ちょっとしたお祭り会場のような賑やかさ。

♪ 2月10日 音楽を中心とした最初のイベントを開催した

午後1時半、実行委員長のママドゥ・ドゥンビア、駐日マリ共和国大使、Mahamane Elhadji Bania TOURE(マハマン・エルハジ・バーニャ・トゥレ)閣下のあいさつでイベントが幕を開けた。あいさつに続き、以下出演順に、オープニングはママドゥ・ドゥンビアのコラ・ソロ・パフォーマンス。名ギタリスト故アリ・ファルカ・トゥレも演奏した、ソニンケという民族の伝統音楽を披露。母国の争いごとを忘れさせてしまうような穏やかで優しい響きが会場を包み込む。続いてママドゥ・ドゥンビアに師事し、昨年マリにコラとンゴニのワークショップ・ツアーに参加した玄太(げんた)のコラ・ソロ・パフォーマンス。音の構成を文章で説明できる才人。オリジナル曲と自作詩の歌のマッチングが心地よい。そしてステージは賑やかなセッションへ。日本のジェンベ奏者ではパイオニア的存在、寺崎卓也(てらさきたくや)=ジェンベ、プロジェクト発起人のひとりで2011年、マリでのコラのワークショップに参加し演奏の腕に磨きをかけてきた安田尚樹=コラ、アルペジオーネという珍しい西洋弦楽器を演奏するだけでなく自作もしてしまい、アフリカ音楽人ともつながりの深い白坂智之(しらさかともゆき)、このイベントでは自身のユニットでの演奏の他に司会も務め、ダンスや歌もこなすマルチなパフォーマー、杵渕ちひろ(きねぶちちひろ)=ヴォーカルによる、バニンデ、ジャラビと、いずれもマリではポピュラーな伝統曲の演奏。コブシの効いた歌声が特徴のマリの歌手に劣らず、杵渕の歌声は迫力満点。寺崎、安田、白坂はそれぞれ折々共演の機会があるものの、このステージではリハなしのぶっつけセッション。とはいえまったく違和感なく、リラックスして演奏している雰囲気が会場にも伝わり、マリの首都の週末のクラブを思い出させた。ジャラビで元セネガル国立舞踊団メンバーの打楽器奏者、Omar GAINDEFALL(オマール・ゲンデファル)にジェンベ交代。

♪ マリの現地近況報告と現地支援プロジェクトについて

ステージがほどよく盛り上がってきたところで、このイベントの目的のひとつでもある、マリのことを広く知ってもらうための現地近況を(有)アフリカンスクエア代表の牛尼恭史(うしあまやすし)に報告していただく。アフリカンスクエアは1992年設立のアフリカン・グッズ輸入販売の会社。現地生産者の雇用環境を配慮し製造された各種グッズは、最近日本でも取り扱いが増えてきたフェア・トレード商品よりも、ずっと求めやすい価格で販売されている。混乱のさなかにあって仕事が激減してしまった生産者のために、少なくないリスクを背負って発注と仕入れのためマリへ渡航した牛尼の話は、メディアでは報じられることの少ない普通の人々の今の暮らしを写真とともに伝えてくれ、ひとりひとりに現地への想いを膨らませてくれたと思う。

さらに、慶応大学商学部で企業倫理、経営社会政策論,応用倫理学の研究をされている梅津光弘(うめづみつひろ)先生から、企業と支援団体が共同で行っている現地支援プロジェクトのスタディ・ツアーでマリに渡航した経験をもとに、様々な支援の形や共存のありかたについての提言をいただく。

♪ 初顔合わせによるセッションで大盛り上がり〜義援金をマリ支援に

そして再び音楽。若く美しきコラ・デュエット、Ninye Munye (ににぇむにぇ:永末智子(ながすえともこ)=コラ、杵渕ちひろ=コラ、ヴォーカル)の演奏。永末は2011年、2012年と2年続けてマリでのコラ・ワークショップに参加した勉強家で努力家。今回は寺崎卓也のジェンベとの初コラボ、なんとこれもリハなしのいきなり本番。一見無謀にも思えるこんな初顔合わせ同志のリハなしセッションが、何の違和感なくまとまってしまうのは、皆どこかアフリカ的なおおらかな器が備わっているプレーヤーだから、だろう。2曲目では、客席とのバンバラ語によるコール・アンド・レスポンスが加わり、気分が乗じたマリ大使館の外交官からワリ(おひねり/チップ)が渡される一幕も。

寺崎卓也のジェンベ・ソロのインターバルのあと、寺崎卓也=ジェンベ、ママドゥ・ドゥンビア=コラに、北インド古典カタック舞踊(ラクナウ流派)の前田敦子のダンスという異色のコラボレーション。前田は幼少時からインド舞踊をたしなみ、社会人になり一度はサラリーマン生活を経験するも、舞踊家の夢をかなえるべくプロへの転身を果たし、国内外で活躍している。ママドゥ=コラ+前田=ダンスのコラボは実は2年ほど前に一度披露したことがあるが、いずれも一度もお互いのパフォーマンスをあわせたことがないまま、ママドゥは定番曲を演奏し、前田は耳に入ってくる音を頼りに瞬時に優雅でやわらかな動作を造っていく。異なるものも互いを受け入れあうと、今までにない輝きを増し、さらに一段上の美しさへと昇格する、まさに美しさの共演だった。

そしてクライマックス。困っている隣人を放っておけないマリのよき友人で、やはり在日20年近いセネガル人ジェンベ・マエストロ、Latyr SY(ラティール・シー)=ジェンベ、オマール・ゲンデファル=ジェンベ、寺崎卓也=ジェンベ、安田尚樹=コラ、白坂智之=アルペジオーネの大セッションは、このイベントらしい平和を呼びかける音=ハーモニーを鳴らし、大盛り上がりのうちにイベントは終了した。(文中出演者等人名の敬称略)

この日の入場料収入は、会場費等の経費を除いたすべてをマリのために寄付する予定で、収支を含む活動報告を随時facebook上の実行委員会サイト、
http://www.facebook.com/#!/harmonyforpeaceafrica またはオフィシャルサイト、
http://harmonyforpeacea.jimdo.com/ に掲載してゆく。

また、マリ以外の困難な状況にある人、地域、国を覚え、同様のイベントを今後も定期的に行っていこうと考えている。残念ながら、この世の中から争いごとがなくなることはないかもしれない。わたしたちの活動は小さなものだし、即効性のある問題解決策の提案はできないかもしれないが、国籍、国境、言語、肌の色、伝統、宗教など様々な違いを乗り越え受け入れ、小さなハーモニーをあちこちに沢山生み出し連なり、やがてそれが大きなハーモニーになり、いつかHarmony for peaceの活動が必要なくなる日がくるまで、希望を持って続けてゆきたいと思う。

わたしたちの主旨に賛同し、表現してくださるアーティスト(プロ、アマ、ジャンル問わず、音楽に限らずダンスやアート、写真なども大歓迎)がいらっしゃれば、是非Harmony for Peace実行委員会( hamonyforpeace@gmail.com)あてご連絡いただければ幸いです。次回イベントは3月24日(日) @浜松町カラバッシュ 開催予定です。

参考サイト:
ママドゥ・ドゥンビア(コラ、ギター)
http://mamadoujpn.web.fc2.com/

前田敦子(カタックダンス)
http://www.atsukathak.com/

寺崎卓也(ジェンベ)
http://www.alles.or.jp/~moumba/menu.htm

安田尚樹(イラストレーター、コラ、サバール)
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/2223/

ラティール・シー(ジェンベ)
http://en.wikipedia.org/wiki/Latyr_Sy

オマールゲンデファル(ジェンベ)
http://toubafall.blog108.fc2.com/

白坂智之(アルペジオーネ)
http://ameblo.jp/charachaka/

ににぇむにぇ(コラ、歌)
http://ninyemunye.seesaa.net/

カラバッシュ(西アフリカ料理レストラン)
http://www.calabash.co.jp/

アフリカンスクエア(アフリカグッズ輸入販売)
http://www.african-sq.co.jp/

アザライ(アフリカグッズ輸入販売)
http://www.azalai-japon.com/

メタカンパニー(世界の音楽発信)
http://www.metacompany.jp/

ふろむあーす(フェアトレードショップ、カフェ)
http://www.from-earth.net/

ファンサバジュニア(イベントの共催)
http://www.fan3jr.jimdo.com

WEB shoppingJT jungle tomato

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