Concert Report#512

東京フィルハーモニー交響楽団第76回東京オペラシティ定期シリーズ/ミハイル・プレトニョフ/小川典子
2013年3月14日(木) 東京オペラシティコンサートホール
Reported by伏谷佳代(Kayo Fushiya)

ミハイル・プレトニョフ(Mikhail Pletnev;指揮)
小川典子(Noriko Ogawa;ピアノ)*
東京フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター;荒井英治)

ラフマニノフ;ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18*
<休憩>
ラフマニノフ;交響曲第2番ホ短調op.27

逃げ場のないテンポ設定のなかで骨太に歌い切る、小川典子のピアニスト魂

昨年に引き続いてプレトニョフを聴く。ラフマニノフで固められたプログラム、コンチェルト第2番でソリストをつとめたのは小川典子である。小川といえばイギリス在住、プロコフィエフや現代音楽を得意とし、スケールのおおきな音楽造りを特徴とする。この日の第2番も小川の手にかかれば、巷に溢れる甘ったるい感傷のものとは無縁になるであろうと想像はしていた。出来映えは骨太かつ特異なものであったといえる。まず、プレトニョフが設定したテンポというのが、悠久というべきほどにゆったりとしていたことだ。通常のこの曲の見せ場ともいえるエキセントリックに駆け巡るピアノのパッセージも、速度以外のところで盛り上げねばならない。その点、世界中の舞台を踏んでいる小川はさすが堂に入ったもので、ときにオーケストラに紛れ込みつつ、ときにきらめくような一音を天真爛漫に放ちながら、ひじょうに奥行きのあるたっぷりとしたサウンドを形成してゆく。一見したところの色彩的な華やぎには欠けるかもしれないが、男性的なロマンティシズムとでもいうのか、作曲家の肉声に寄り添う迫真の演奏である。オーケストラもコントラバスをはじめ、中・低音域がしっとりとした、粘着度のたかい迫力の鳴りを終始聴かせる。こうした堂々たる響きが引き出されたのも、プレトニョフのテンポ設定のなせる業であろう。重厚ではあっても決して鈍重ではないのだ。斬新に響いたのは、最終楽章でピアノの装飾音とシンバルが重なるところ。すさまじいまでのテンポの緩さがかもし出した、一種の閑とした静けさは、新鮮な解釈とともにエキゾチックな原風景を呼び覚ました。いわゆる名曲は、曲の初めと終わりが決め手となるものだが、さすがヴェテランは外さない。途中で紆余曲折が多少あったとしても(例えば、緩徐楽章ではピアノの音色がすべて聴こえ過ぎ、陰影に乏しいと感じたところなきにしもあらず)、キメの部分でたちどころに聴き手を納得させてしまうものである。まず、有名な冒頭部で、確固とした骨組みを提示しながらも、幻想的なくぐもりを内部に封じ込めた小川の見事な音色に戦慄を覚えぬ人はいないだろうし、フィナーレの合奏の部分で見せた、オーケストラとピアニストが歌えるところまで歌いつくした、その強力に浸透しあった合一の美に感極まるだろうとおもう。そして、指揮棒ひとつで、これほどのロシアっぽい艶やかさを音色に付与するプレトニョフにやはり感嘆するのだ。

入念なる細部調整の延長にあらわれる、プレトニョフ流大局観

後半の交響曲第2番も、ロシア魂というべき思索性のふかさがダイナミックに浮き彫りにされた熱演。プレトニョフも暗譜での指揮である。この大曲を決定づけるともいえる冒頭楽章での数々のモチーフの重なり。それらの綿密な完成度の高さは、オーケストラの基礎体力のあらわれでもあるわけだが、同時にピアニスト指揮者であるプレトニョフの個性を鮮やかに反映するものでもある。あたかも細筆で細部の輪郭を入念に施してゆくがごとく、どんな繊細なラインにもしっかりとした彩色を施す。また、こうした各々のラインがひとつの奔流になったときにあらわれるのがプレトニョフのスケールの大きさか----無理な統率感が微塵も感じられないのである。大局観ともいうべきものかもしれない。ミクロレヴェルでの妥協を許さぬ指示を出しはするのだが、結果はあくまで音の自発的な発火であり爆発のように聴こえるのだ。余裕とも洒脱ともとれる、自然なサウンドのワープが音楽をやわらかくドライヴさせる。東フィルの持ち味である弦のしなやかさ、息のながいフレージングが最大限に活かされ、大曲を支える堅牢な構造の美から、メロディのみが強力に炙りだされては琴線へと押してくる。クラリネット・ソロの充実もゆたかな情感を湛え、聴き応えたっぷりであった。そして、先のピアノコンチェルトでも感知されたことであるが、ティンパニやシンバルなどパーカッションの際立たせかたを憎らしいほど心得ている。小気味よいスパイスにも、音楽全体をゆるがす慟哭にも転じるこれら楽器の潜在力を、プレトニョフは自己のひじょうにふかいところで熟知している。これも凄腕ピアニストの一面であろう(*文中敬称略。2013年3月17日記。Kayo Fushiya)。

【関連レヴュー】
http://jazztokyo.com/live_report/report443.html

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