Concert Report#513

マリア・ジョアン・ピリス&アントニオ・メネセス デュオ・リサイタル
2013年3月18日(月) すみだトリフォニーホール
Reported by 伏谷 佳代(Kayo Fushiya)
Photos by林 喜代種(Kiyotane Hayashi)

ベートーヴェン;ピアノとチェロのためのソナタ第2番ト短調op.5-2
シューベルト;3つのピアノ曲D.946
<休憩>
バッハ;無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV.1007
ベートーヴェン;ピアノとチェロのためのソナタ第3番イ長調op.69

*アンコール
バッハ;パストラル
カザルス;鳥のうた

速度ではなく気配の「アレグロ」

ポルトガルに住んでいた筆者にとっては、マリア・ジョアオン・ピールシュと発音したいところであるが、さておいて通称のピリスで書く。前後逆になるが、最後に奏されたベートーヴェンのソナタ第3番でつよく感じたのが、アレグロというテンポ感覚についてである。このソナタは第3楽章の序奏部分を除いて、すべてアレグロにテンポ設定されている。すなわち、「速い」はずであるのだが、ピリスとメセネスの場合はそれほどの疾走感を感じない。ふわり風が舞うかのごとく。夢見心地とでもいうのか、気がついたら春の暖かな靄のなかへと落とし込まれている---そのような気配であり、気分であるのだ。奏者の国民性というものは、クラシックの場合、ポピュラー音楽に比べて大人しめに表出されるものであるが、敢えてこのふたりの音楽からポルトガルらしさ/ブラジルらしさを引出すとするならば、この清々しい陽光のたゆたい、かもしれない。それは隣接するスペインやスペイン語圏の南米諸国の、ぎらつくような灼熱とも一線を画す。押しつけがましさがないのだ。一方、日本人のアレグロは、個体差こそあれ、もっと生真面目な推進力に満ちたものがおおいような気がする。
 

円熟した「自己の音」----至芸の本質を突くふたつの音楽性のダイアローグ

人柄や誠実さ、真摯な研鑽の日々がキャリアとしてつみ重なったときに自然と溢れ出るもの---そうしたポジティヴな意味での構えのなさが心地よい。ピリスもメセネスも、決して外向的な華やかな音色ではない。むしろ、素朴といってもよい。しかしながら、しっかりとしたフォルムをもつ完結性のたかい音色であり、存在感がある。自らの音色、に到達した数少ないアーティストの余裕である。ベートーヴェンのチェロとピアノのためのふたつのソナタに、それぞれのソロが挟まれるという構成であったが、ふたりの音楽性をとくと堪能できる、密度の濃いショーケースであった。
 
まず、ピリスによるシューベルトの3つのピアノ曲。ロマン派とはいえ、ペダルによるリヴァーブの甘さは最小限に抑えられている。これぞシューベルト、と奏者が納得するまで突き詰めたであろう音色の絞りがすみずみにまで行き渡る。楽曲と、楽器と、四ツに組むかのような密着度と没入。各々が独立した音の粒子は、転調と弱強のゆたかな遠近法のなかで儚さとパッションを交互に織り上げては、甚大なる宇宙を透かし見せる。虚無と背中合わせの、底なしのロマンティシズム。このようなきわどくも暖かい質感は、ピリスの十八番である。
 
続いて、メセネスによるバッハのパルティータ第1番。全6曲をとおして、楽器と肉体があたかも一体になったような、ふかい息吹でチェロがうたう。差込みのよいフレージングと、大胆なアゴーギク。彼の織りなす「ひと息」は長く、ひとつひとつのフレーズがかなり自在な風速でもってうねっているのであるが、それらが連なったときの全体のプロポーションと見通しのよさはどうだろう。つねに仕上がりから逆算されて個々の刹那がはじき出されているところに、静かな貫禄がにじむ。第5曲メヌエットでみせた、低音の渋き震吟。素材としての楽器が肉声を得た瞬間であった。
 
シンプルな一音の曳きや静寂がうつくしい----弱音になればなるほど饒舌になるメカニックの精巧さと、それと相反するかのようなものうい、追憶のような情緒の蔓延。確かな手応えと、掴もうとするやこぼれ出る流動の美----これらの二律背反性は、冒頭のベートーヴェント短調デュオでたちどころに感知されたことである。至芸というものの本質を突いている。決しておおくはない演奏曲目ながら、観客に充足感をあたえる所以であろう(*文中敬称略。2013年3月20日記。kayo Fushiya)。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


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追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
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