Concert Report#514

エスペランサ・スポルディング
「ラジオ・ミュージック・ソサイエティ」
2013年3月19日(火) 東京 Bunkamura オーチャードホール
Reported by 神野 秀雄 (Hideo Kanno)
Photos courtesy of Samon Promotion

Esperanza Spalding
Radio Music Society
Touring Ensemble
Asia Tour – March 2013

Esperanza Spalding – Double Bass, Electric Bass and Lead Vocal
Leo Genovese – Piano, Fender Rhodes and Keyboards
Ricardo Vogt – Electric Guitar
Lyndon Rochelle – Drums and Backing Vocals
Chris Turner – Backing Vocal
Hailey Niswanger – Alto Saxophone
Renato Caranto – Tenor and Soprano Saxophone
Brian Landrus – Tenor Saxophone
Jeff Galindo – Trombone
Corey King – Trombone
Igmar Thomas – Trumpet
Leala Cyr – Trumpet and Backing Vocals

Us (Thad Jones)
Hold on Me
I Can't Help It (Stevie Wonder & Susaye Greene-Brown)
Smile Like That
Crowned and Kissed
Black Gold
Cinammon Tree
Endangered Species (Wayne Shorter & Joseph Vitarelli)
Radio Song
-Encore-
I Know You Know

All composed by Esperanza Spalding except 1, 3 & 8

開演前のオーチャードホール。「ラジオ・ミュージック・ソサイエティ」ツアーなだけにステージ右側にあるラジオ、実際にはミニコンポのような大きな幕が目を引く。ミュージシャンたちが現れると、その幕の後がトランペット2、トロンボーン2、サックス3の7管編成ミニ・ビッグバンドのブラス・セクションの場所であることがわかる。チューニングの混沌からやがてサド・ジョーンズの「Us」が始まり、途中からエスペランサが登場してエレキベースを持ち、最初はMCをしながらおかず風に、次いでファンキーなラインを弾く。その上で管楽器がソロをつないでいく。2曲目「Hold on Me」をしっとりと歌い上げながら、ブラス・セクションが徐々に色彩とストーリーを紡ぎ始め、やがてベースソロが美しく歌い始める。そして「ブラス・セクション」がラジオのような効果を果たし、エスペランサを含むリズム隊とインターアクトしていくという構図が見えてくる。

エスペランサは、1984年オレゴン州ポートランド生まれ。5歳でオーケストラに参加。16歳でポートランド州立大学音楽科へ。バークリー音楽大学へ移り、卒業後、20歳で最年少講師となる(それまでの最年少記録はパット・メセニー)。パティ・オースティン、パット・メセニー等のツアーやレコーディングにも参加し、スタンリー・クラーク、リチャード・ボナとも共演。というと順風満々のようだが、ポートランドでもボストンでも厳しい生活環境の中で相当頑張ってきたようだ。ボストンでは生活に疲れ果て、そんなときに。「Jazz.com」のインタビュー (Thomas Pena、2008年)
http://www.jazz.com/features-and-interviews/2008/5/28/in-conversation-with-esperanza-spalding
によると、バークリー音楽大学で、ゲイリー・バートンとパット・メセニーが学生アンサンブルのレコーディングの作業をしていて、他の学生が帰ってしまい、エスペランサだけがたまたまスタジオに残っていると、パットが近づいてきて「君はこれからどうするんだい?」ときき、エスペランサは「バークリーを辞めて、政治学の学位をとろうと思っています。」と答えた。「僕はこれまでにたくさんのミュージシャンに会って、すばらしいミュージシャンもそれほどでもないミュージシャンもいた。君は"X Factor"(特別な何か)を持っている。君が音楽のキャリアを目指すなら、その可能性は無限大だ。」 

2008年、ファースト・アルバム『Esperanza』がヒットし、ビルボード・コンテンポラリー・ジャズ・チャートに70週以上もランクインし続ける快挙となる。オバマ大統領もエスペランサの音楽を愛していて、ホワイトハウスにも招かれ、またオスロでのノーベル平和賞授賞式、ノーベル平和賞コンサートでも演奏した。2011年、ブルーノート東京公演を前にグラミー最優秀新人賞を受賞したことで日本でも大きく知られるようになり、「東京JAZZ 2012」にも出演。今回オーチャードホールでは単独公演で、そして1日限りの公演となった。オーチャードホールの規模と構造はやりにくそうでもあるが、これまでもこのサイズのホール公演は行ってきただろうし、彼女の透き通った高音、歌うようなベースラインをアコースティックの空間で聴けたのはよかった。

演奏された曲は、最新作「Radio Music Society」から大きく順番を変えながら8曲、それにアンコールという構成。聴いていくうちに、エスペランサの凄さのひとつの表れは卓越したアレンジ能力だと気付く。ビッグバンドに合わせて歌うシンガーではなく、自分の歌を包むサウンドを自由にデザインしていく。これまでにない他の誰でもない独自の音楽とその時間と空間を生み出すオリジナリティがあり、ブラスやストリングスをも含むアレンジとサウンドデザインに恐るべき才能がある。

エスペランサの存在を考えるときに、やはり頭から離れなかったのは、2011年のグラミー最優秀新人賞が、なぜエスペランザでありジャスティン・ビーバーではなかったのかだ。ジャスティンのコンサートを見に行ったことがあるが、単なるアイドルではなく、子供の頃にYouTubeから見出されたように高い音楽性を持つアーチストである。問題はNational Academy of Recording Arts and Scienceがなぜエスペランサに肩入れしたのかだ。今回のライブを聴いてその答えが少し判った気がした。その時点での二人を比べたのではなく、エスペランサのアレンジとサウンドデザインの能力が将来のアメリカのエンターテインメントに及ぼす影響力に投資をしたのではないかと思う。2012年のグラミーで「ボーカルを伴う器楽曲最優秀編曲賞」「最優秀ジャズボーカル賞」を受賞している。ビデオでもノミネートされ、そのカテゴリーからもポイントが見えてくる。エスペランサの提示する新しい編曲・表現手法は、ジャズはもちろん、映画音楽、ミュージカルなど幅広い分野で他のアーチストたちの表現力を拡張する可能性を秘めている。

1階2階をほぼ満席にし、幅広い客層を集めた今回のオーチャードホール。客層の広さでは上原ひろみの東京国際フォーラムをほうふつさせたが、年齢層は上原ひろみよりももう少し上で少し落ち着いた感がある。高い音楽性、美しい歌声とバンドサウンドに驚嘆し、魅了されながらも、会場の一体感にはひとつ壁があった気がする。これはエスペランサとバンドそのものに問題があったというよりは、言ってみれば上質のブルードウェイ・ミュージカルに感覚的に感動しながらも、英語の壁を越えらずに消化不良になり悔しい思いをする感覚に似ている。歌うように話すMCも大切な音楽の一部になっていて、歌詞も深い内容のはずだが、必ずしも全員が入り込めたわけではなかったように見えた。その意味ではエンターテインメントとしては、日本人にも通じやすいコミュニケーションがあった方がよいかもしれない。最後の「Radio Song」では「一緒に歌いましょう!」だったのだが、歌詞がわかりやすいものではないので、予め知らないと歌いにくかった。「さあ、みんな立って!」と強制スタンディング(笑)となったのだが、そこはそれ立ちあがって声を出して身体をスイングさせてみると気持ちよく、なし崩し的に、でも本当の意味でスタンディング・オベーションとなった。また、エスペランザのグルーブが知的で新しく、複雑さもあるためにいきなりは乗れない向きもあるかもしれない。これはリアルタイムで予備知識ゼロで、パット・メセニー・グループの「Phase Dance」や「First Circle」を初めて聴いてもいきなりは乗れない感覚に近いかもしれない。逆に言えばリピートするファンになれば気持ちよく乗れそうだ。

アンコールはファースト・アルバム『Esperanza』から「I Know You Know」をエスペランザとリズム隊だけで。心が躍るようなメロディーラインとベースラインは次回ライブを聴く機会への楽しい予感を感じさせた。結果的に、コンサート全体は心地よい余韻に包まれ、観客からポジティブなコメントが話される中で終わった。終演後にはサイン会もあり観客と気さくに話していた。エスペランサのオリジナリティと表現力は、今後、アメリカの世界の音楽シーンに大きな影響を与えていくと思うし、パット・メセニーと同様に一箇所に留まらず、表現を拡げながらどんどん自らを変えていくと思う。ジャンルを超越しているだけにかえってプロモーション的にもわかりにくく、リーチしにくくなる難はあるのだが、日本でも今まで以上に注目されてよいと思うし、積極的に影響を受けとめていく価値がある。今までに聴いたことのない新しい音のデザインを彼女の手で次々に見せてもらうことが楽しみでならない。

関連リンク
Esperanza Spalding Official Website
http://www.esperanzaspalding.com/
Radio Song (Official PV - YouTube)
http://youtu.be/-5d3VDrcjOo
Black Gold (Official PV – YouTube)
http://youtu.be/_gFp53ATMiI


エスペランサ / ラジオ・ミュージック・ソサイエティ
ユニバーサル UCCT-9025 (HEADS UP)
2012年3月21日発売

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.