Concert Report#520

上原ひろみ〜ソロ
Blue Note Tokyo' s 25th Anniversary Year Special Program
2013年3月22日 南青山ブルーノート東京
Reported by 悠 雅彦

 まさに今、最高に光り輝いている才能の色香を堪能した一夜だった。
 実際、色香を感じさせるニュアンス豊かなピアニストに成長した上原ひろみはこの夜、私の知っている上原ひろみとは別のピアニストのようだった。個人的には久し振りに拝聴するステージ演奏だったせいかどうか。少なくとも現実に、この抜きん出た能力をもつピアニストの演奏は新鮮な感興を喚び起こしたばかりでなく、人間的にも一段とスケールアップした彼女の飛躍を垣間見ただけでも得心のいくライヴ体験だった。飛躍という言い方がいささか大袈裟だというなら、単に成長と言い換えてもよい。とはいえ、同じ成長でも彼女の成長ぶりは抜きん出て突出している。演奏に、いや音楽に、これっぽっちも迷いがない。たとえ彼女が私は21世紀のアート・テイタムになると大言壮語したとしても、私は少しも嫌みは感じないだろう。ファースト・セットの大詰めで3部作からなる「Viva,Vegas」(ラスヴェガス万歳)を演奏したときの、最終第3曲「The Gambler」のジェット機が空を滑るように心躍る痛快さを躍動する肉体運動で再現するといった趣きの超高速パッセージには、そのスリリングな展開ぶりといい、一瞬の隙も見せないフィンガリングといい、またもや胸のすく思いを味わった。
 ウィークデイのファースト・セットだというのに、客席には空席がほとんど
見当たらない。聴衆も決してかつてのように若い熱狂的ファンばかりでなく、年配の人も少なくない。彼女の演奏に魅せられている人が年齢層に関係なく広がっていることが分かる。この夜の演奏、およびステージ線をはさんだ彼女と聴衆との関係は、彼女自身の音楽家としての成熟味と、近年の彼女の演奏や活動を熱心に追い続けてきたファンの、この数年の間に鍛えられた音楽的献身や身体感覚とのこの上なく幸せなランデヴーだった、という事実を示して余りあるものだった。上原ひろみの側に立っていえば、ファンとのこんな恵まれた関係はないといっていい。彼女が何に臆することも遠慮することもなく思うがままにイマジネーションを働かせた演奏を繰り広げることができた最大の後押しでも、あるいは原動力ですらあっただろう。現在の彼女の音楽に横溢する喜びや活きいきとした生命感が、たとえば結婚して家庭をもったとか、スタン・クラークとのプロジェクトがグラミー賞に輝くなどの成果をあげたとか、トリオ活動が軌道に乗っている等々、すべてが思うがままに運んでいる充足感ゆえだろうと察しはつくが、それにしても単なる幸福感とは異なる勢い、活気、充実感などがタッチやパッセージのそこここに点滅し爆発する彼女の今の輝きが、何かを糊塗するのとはまったく違うそのままの姿をストレートに現した形で噴き出しているところが凄いというほかはない。
 このファースト・セットは登場するや否や鮮やかなフィンガリングで聴衆の目を奪った「BQE」、続く「ケイプ・コッド・チップス」、冒頭に引用した「ヴィヴァ・ヴェガス」など、彼女が3年前に発表した初のソロ作『Place to Be』からのオリジナル曲が中心で、これに『Brain』からの「グリーン・ティー・ファーム」や「デザート・オン・ザ・ムーン」などで組み立てたプログラム。そこではむしろ選曲よりも、彼女が随所でよく知られた旋律を引用していたことが、過去に余りなかったことだったこともあって新鮮だった。たとえば、「上を向いて歩こう」はCDでも聴けるので例外としてもバッハのカンタータやビゼーの「カルメン」の有名な旋律など。引用の名手だったデクスター・ゴードンが急に懐かしくなった。それだけ彼女にも引用が自在にできる余裕が生まれてきたということだろうか。
 ほかにもアンコールの「マルガリータ」でボッサの有名なメロディーを挿入したほか、速いオクターヴ・ソロを開陳するなど、上原ひろみのピアニストとしての新しい姿が垣間見えたというその点でも興味深いソロ演奏だった。
 ちなみに、彼女はセカンド・セットで「My Favorite Things」を演奏するなど、ファースト・セットとはまったく違うプログラムで登場したことを後で知った。とりわけガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」を演奏したと聞いて、セカンド・セットも見ておけばよかったとちょっと口惜しい思いだったけど仕方ない。以前、山中千尋が日本のシンフォニー・オーケストラとの共演でこの曲を演奏したのを思い出した。上原ひろみも彼女なりの味付けでこの曲をオケと演奏する日を待つことにしよう。(Masahiko Yuh/2013年3月31日・記)

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FIVE by FIVE 注目の新譜


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追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
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#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

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#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
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