Concert Report#521

A Tribute to Paul Motian
ポール・モチアン・トリビュート・コンサート
2013年3月22日 Symphony Space, NY, NY
Curator: Bill Frisell & Joe Rovano
Producer: Hans Wendl
Reported by Steve Bopp スティーヴ・バップ
Portrait by Tad Narita 成田 正
Photos by Rahav Iggy Segev/Photopass.com courtesy of Symphony Space
http://www.photopass.com
http://www.photopass.com/PaulMotianSymphonySpace/

 偉大なドラマー、コンポーザー、バンドリーダー、そして音楽のイノヴェイターでもあったポール・モチアンについては、2011年末の逝去以来、多くのファンが彼の音楽の公の場でのセレブレーションを待望していた。世界中を楽旅し、レコードも広く流通していたとはいえ(その多くは、Soul Note、ECM、JMT/Winter+Winterなどヨーロッパのレーベルだったが)、多くの者がそうであるように、ニューヨークを拠点とするジャズ・ミュージシャンであった。だからこそ、彼を讃えるコンサートがニューヨークのしかも彼が永年住み続けたアッパー・ウエストサイド界隈で催されたのは的を得ていたのである。かてて加えて、ブロードウエイ通りのシンフォニー・スペースというのは、彼に「On Broadway」シリーズ(ごく最近再発されたばかりだ)という彼の録音のなかでも極上の作品群があるだけに最適の選択であったといえる。

 開演に先立って、スチル写真のスライドショーがループ上に映写された。写真は彼のキャリアの各時代を象徴するもので、スタイルは変えながらもいつも変わらぬクールな表情を捉えており、彼のキャリアがいかに長くまた実り豊かなものであったかを思い起こさせるに充分だった。(彼の映像については以下のサイトをお薦めしたい;http://johnrogersnyc.com/web/と、モチアンの後期の最良の写真は友人でもあったジョン・ロジャースのサイト:http://www.flickr.com/photos/crayonsembleを参照願いたい。)

 当夜のプロデューサー、ハンス・ヴェンドゥルの協力を得てビル・フリゼールとジョー・ロヴァーノが招集をかけた出演者のほとんどはかつてモチアンとライヴやレコーディングで共演歴のあるミュージシャンたち。彼らは皆、モチアンの作品の音楽言語には良く通じており、また、オープン・フォームも楽しめる人たちであった。ジャズや即興音楽の場合、奏者同士がお互いを聴き合うことが必須なのだが、ポール・モチアンの音楽の場合はとくにこの点が重要になろう。モチアン自身もステージ上では共演者の音に必死に耳を傾けており、彼の音楽自体、共演者と聴衆に同レヴェルの集中力を要求するものなのだ。

 演奏は、モチアンのキャリアの中でも最長のグループとなったトリオの共演者、フリゼールとロヴァーノの演奏から始まった。彼らが演奏したのは、モチアンのリーダーとしてのECMデビュー・アルバム『コンセプション・ヴェッセル』のタイトル・トラックで、続いてビリー・ドゥリュースts/asとエド・シュラーbが加わって1982年の傑作『サーム』のクインテットが再現された。ドラムスはジョーイ・バロンで、ジョーイはモチアンにインスパイアされた若手ドラマーのひとりとして、果敢にもこのトリビュートではモチアンの代役を果たすことになった(他のドラマーは、デイヴィッド・キングとマット・ウィルソン)。

当夜の最大の呼び物のひとつは(少なくとも彼の音楽を知る者にとっては)、ピアニスト、菊地Poo雅章の演奏であった。菊地は、ステージ上でモチアンとお互いを深く理解し合い、尊敬し合い、また意思の疎通が図れたミュージシャンではなかったか(ヴィレッジ・ヴァンガードで彼らが演奏した<ミッドナイト・サン>は、僕の音楽経験の宝もののひとつになっている)。モチアンと菊地の付き合いは長く、新しい手法を通じて美を追求し、高度に個的で妥協を許さないスタイルを発展させてきた。この追求の成果は、今回とは違うやり方で菊地がソロでイントロを導くことが多かったモチアンのセッションで菊地が演奏したクラシックのバラードを想起させるハーモニーを時に応じて叩きながら、音数は少ないが濃密なパッセージを通じて方向を変え紡いだ菊地の、長くはなかったが深い感動を誘うソロ・インプロヴィゼーションで認めることができた。当夜は、モチアンの楽曲の素晴らしいヴァージョンが何曲も演奏されたが、この菊地のソロがもっとも深遠で非の打ちどころのないトリビュートではなかったろうか。

 モチアンの逝去以来NYCでは初めての顔見せとなった菊地は、セカンド・セットでゲイリー・ピーコックとのデュオで再登場となった。彼らにモチアンを加えたトリオは"テザード・ムーン"と呼ばれ、何枚かのアルバムを制作した。
モチアンが病に伏して以来、菊地が新作で登場するとか、ギターのトッド・ニューフェルドやドラムのタイショウン・ソーレイ、後期モチアンのお気に入りベーシストだったトーマス・モーガンなどの若手を率いてギグをやるなどのニュースが飛び交っていた。

 近年、アンドリュー・シリルやビリー・ハートなどのドラマーが、70年代初期のように(菊地もそのひとりだが)同年代や多くの若手ミュージシャンと非常に活発に演奏活動を展開している。このふたりのドラム・デュオはドラムでピュアな音楽を創造するという可能性に立って(ポール・モチアンが演奏するときはいつも実行していたことだが)、雄弁だが即興による表現を行っていた。この巨匠ふたりによるコラボレーションは、それぞれの個性を維持しながらも統一性のとれた音楽を創造するために際立ったヴォイスを発し、この手の音楽の最高の境地に達していた。

 このふたりのヴェテラン・ドラマーは最近彼らが演奏しているレギュラー・グループでも演奏を披露した。ビリー・ハート・カルテット(マーク・ターナーts、イーサン・アイヴァーソンp、ベン・ストリートb)は彼らの最新作『オール・アワー・リーズンズ』(ECM)から名曲<ダッチェス>を演奏し、アンドリュー・シリルはポール・モチアンに代わってビル・マッケンリー・カルテットと演奏した(ニュー・マッケンリー・カルテットはシリルをレギュラー・メンバーとしてフィーチャーし、ヴィレッジ・ヴァンガードにも何度か出演しライヴ・アルバム『ラ・パール・デュ・ヴィーデ』(Sunnyside)を制作している。)

 ピアニストのアイヴァーソンと"バッド・プラス"の他のメンバー(リード・アンダーソンb、デイヴィッド・キングds)にビル・フリゼール(このカルテットで2012年のニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演、モチアン・トリビュート・セットを演奏している)、ジョー・ロヴァーノ、ラヴィ・コルトレーンが加わって<アバカス>を熱演。アイヴァーソンは伸縮自在に扱いながらもメロディにはこだわる演奏を聴かせ、この楽曲の最高のヴァージョンのひとつとなった。コルトレーンとロヴァーノがエキサイティングなフロント・ラインを形成したが、このコラボレーションは、コルトレーンの近作『スピリット・フィクション』(Blue Note)の再現である(このアルバムで彼らはモチアンの<ファンタズム>を演奏しているが、当夜の演奏曲のひとつでもあった)。ロヴァーノは他のミュージシャンに気を遣い、彼らのソロを楽しみながら傾聴し、自らのソロでは燃焼し尽くすなど、コンサートを通じて存在感を見せつけていた。

 2005年リリースの『エデンの園』(ECM1917)に出演した大多数のミュージシャンを含むエレクトリック・ビバップ・バンド(EEB)の9ピース・バンドが、アルバム収録曲からモチアンの楽曲<メスメル>を演奏した。モチアンの中では最大のレギュラー・ワーキング・バンドだったEEB(後年はポール・モチアン・バンドと表記されるようになったが)は、彼が選び抜いたミュージシャンに対する信頼の念とともに彼のバンドリーダー、コンポーザーとしての自信の現れだったと言って良い。EBBは、ふたりのベーシストと三人のギタリストを擁していたが、彼らには他のスモール・コンボの時と同じレヴェルの自由が与えられていた。モチアンは、自身の作品群の中でもユニークなサウンドを創造しながらも、この大きなアンサンブルを自らの音楽上のアイディアを具現化する最適の乗り物として使いこなしていたのだ。

 モチアンのリーダーとしての最後のアルバムとなった『ウィンドミルズ・オブ・ユア・マインド』(Winter&Winter)のオープナー/クローザーとして収録されていたワルツ曲<イントロダクション(ラメント・フォー・ギター)>の4ギター+1ベース・ヴァージョンがギター・テーマとして演奏された。モチアンのギター愛好癖についてひと言ふた言口にしてからフリゼールがソロでイントロを演奏したが、私にとっては言葉や作曲を超えて奥深いところで響き合うこの演奏が当夜のもっともマジカルな瞬間であった。他のギタリストたちが登場してもフリゼールがかけた魔法は続いており、静かにそして慎ましくといってもよいほど個が全体に寄与しており、これが聴衆を恍惚状態に捉えて離さないのである。

 インターミッションのあとのセカンド・ハーフではいくつかのデュオが出演した。菊地=ピーコック、シリル=ハートの他に、ビル・フリゼールとサックス奏者のグレッグ・オズビー(グレッグはヴァンガードのモチアンの最後のシリーズ・セッションに菊地と共に参加していた)。ふたりは向い合って演奏し、モチアンの2曲の楽曲をメドレーで演奏しながら音楽の会話を通してアイディアを交換する。80年代初期の何作かのアルバムでモチアンをフィーチャーした実績のあるティム・バーンは、バーンの共演者としては常連で現在のNYシーンの有望株でもあるピアニストのマット・ミッチェルと<サーム>を演奏した。私の知る限りではモチアンとは共演歴のないものの、ミッチェルはジェリ・アレンやマリリン・クリスペル(両者とも当夜は素晴らしい演奏を披露した)のように冒険的で個性的なピアニストたちのラインに完全にフィットすると思われる。

 当夜の唯一のヴォーカル・ナンバーはビル・フリゼールとペトラ・ヘイデンのデュオ。ペトラはモチアンのリーダーとしての最後のアルバム『ウィンドミルズ・オブ・ユア・マインド』のタイトル・トラックを歌って『ウインドミルズ〜』をモチアンの最高傑作の1枚に仕立てたその人なのだ。モチアンの最も親しい常連の共演者でもあり当夜の欠席がもっとも惜しまれた彼女の父親、チャーリー・ヘイデンからの書簡を読み上げてから、ペトラは震え気味の声でしかし楽曲に深く入り込みドラマチックで感動的な演奏を披露した。

<イット・シュドュヴ・ハプント・ア・ロング・タイム・アゴー>は、紛れもなくポール・モチアンのもっとも美しい楽曲のひとつである。これは、最初のモチアン=フリゼール=ロヴァーノ・トリオ・アルバムのタイトル・トラックで、ロヴァーノによるとこれは"不朽のフォーク・ソング"ということになる。
当夜はフリゼールとロヴァーノのデュオで幕開けに演奏され、モチアンとのトリオで何度も演奏することにより獲得されたメロディに対する自由な解釈と尊敬の念を持って簡潔に演奏された。ふたりのミュージシャンが、この楽曲を展開していくべきか静かなエンディングに持ち込むべきか二者択一を迫られる瞬間があったように見受けられた。

 それとは対称的に、モチアンのお馴染みの(そして簡潔にまとめられることが多い)セット・クローザーである<ドラム・ミュージック>は長尺に展開する扱いを受けた。全員集合のクロージング・ナンバーはトリビュート・ショウやオール・スターが勢揃いするチャリティ・コンサートではややもすると無様で無用な長物化することが多いが、当夜は例外だった。マット・ウィルソンがフリゼールとロヴァーノのコンビに加わり、素晴らしいドラムのイントロで曲をスタートさせ、その他のミュージシャンはそれぞれが思い思いに演奏展開、ソロを取ったり、楽器を使い回したりした(ジェリ・アレンとマット・ミッチェルが連弾し、アンドリュー・シリルがウィルソンとドラムセットをシェアしたりした)。ロヴァーノがそれとなく展開を導いているように見受けられたが、最後にホーン群と複数のギターを集めて声高でかつパワフルなテーマをユニゾンで演奏し、「さよなら」を言いたくない風情で締めの音を絞り出した。

 チャーリー・ヘイデンやキース・ジャレット、ポール・ブレイなどの大物や、ジェイソン・モラーンやクリス・ポッターのような最近の若手共演者の姿はなかったが、共に集ったミュージシャンと聴衆はこの音楽は不滅であるという事実を証明し、祝ったという意味でコンサートは万全で満足すべきものであった。

Steve Bopp(スティーヴ・バップ)
環境デザイナー、アーバン・デザイナー、景観設計、ミュージック・ファン
ライター、2006年からNYCでクラブを中心にジャズ・シーンを追いながら
レコード収集に励む。

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追悼記事
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Photos by Rahav Iggy Segev/Photopass.com


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