Concert Report#522

第63回 藤井昭子〜地歌 Live
2013年4月1日19:00
Reported by 悠 雅彦

藤井昭子(箏)
渡辺明子(箏)
奥田雅楽之一(箏)
田辺頌山(しょうざん・尺八)

1)秋の言の葉    
2)明治松竹梅    
3)楓の花

 Jazz Tokyoのこのライヴ・リポート欄で邦楽が登場するのは初めてだが、私自身も邦楽のライヴ評を1本に絞って書くのは初めて。初めて尽くしのリポートゆえ予期せぬ粗相があったら、なにとぞ初めてゆえの過ちと大目に見てお許しいただきたい。
 藤井昭子は生田流の地歌の伝承者として活躍する邦楽演奏家。人間国宝の故藤井久仁江を母にもつとは思えぬ、柔和で人懐っこい、笑顔の素敵な地歌演奏家である。2000年代に入ってまもなく機会を得て拝聴した芸術祭参加公演以来、私は彼女の演奏をジャズやクラシックのコンサートの合間を縫って欠かさずといっていいくらい熱心に聴いてきた。最大の理由は、彼女が単独に試みている<地歌 Live>の魅力に取り憑かれてしまったからであるが、同時に身銭を切るくらいの覚悟でこの試みを続けている彼女の努力と精進に敬意を表したかったからにほかならない。2001年6月に着手したこの試みは、地歌分野の歴史に名を残した検校(けんぎょう)や勾当(こうとう)の出世作から名作にいたる数々の作品を通して自身の技量を高めるとともに、熱心な聴衆とのコミュニケーション(熱い交感)の中で自身の芸を鍛錬・彫琢する、いわば自己啓発の場とする彼女なりの決意の現れでもあった。(このライヴは日本伝統文化振興財団が後援しており、同財団の熱心なバックアップが存続の最大の支えとなっていることを付記しておきたい)。
 その<地歌 Live>がついに60回を超えた。一口に60回というが、2ヶ月ごとの開催であり、単純計算しても10年に及ぶ地歌にかけた藤井のこの努力と情熱には頭が下がる。私が初めてお招きを受けたのは2003年ではなかったかと思うが、まだ久仁江師匠がご存命のころだった。当時は新宿南口の小さなライヴホール「たべるな」の一隅に設けた簡素なステージだったが、その後銀座の日本ビクター・ショールームのビル地階へ移り、現在は東大近くにある東京都有形文化財という由緒ある求道会館で催している。この間、彼女は2008年度の文化庁芸術選奨<新人賞>に輝いた。<地歌 Live>で感心することのひとつは客席に外国のファンを散見すること。実際、地歌に関心を寄せる、とりわけ欧米人が実はどの例会をのぞいても少なくない。彼女が欧米数ヶ国で地歌演奏会やワークショップを行っているのもなるほどと頷ける。
 今回は数えて第63回。これまで近世箏曲の始祖としてバッハになぞらえられる八橋検校や宮城道雄をはじめ、この分野で高い人気を誇る菊岡検校や吉沢検校、三つ物で有名な石川勾当や三つ橋勾当等々、箏曲や地歌に数々の名曲を世に残した大家の歴史的名曲を中心に据えてきたプログラムが、最近の数回あたりから初期の地歌や作曲者不詳の作品に焦点を当てたり、あるいはオリジナルとは違うフォーマットで演奏するなど変化を感じさせはじめていた。この夜はそれがさらに鮮明な形で現れた。「明治新曲〜江戸から明治へ、時代を映す創作活動」のタイトルから明らかなように、長かった江戸時代の幕がおり、明治維新を経て明治の新時代を迎えたさ中に生まれた曲が並んだ。西山徳茂(作詞は池田茂政)による明治の新曲「秋の言の葉」、菊塚与市が明治35年につくったという「明治松竹梅」、最後は尾崎宍夫(作詞は松坂春栄)の手になる京都嵐山の初夏をうたった「楓の花」。私にとってはすべて初めての曲ばかり。
 それゆえか、いつもはもっぱら三弦演奏に集中する藤井がこの夜は全3曲で箏を演奏した。全曲を彼女が箏演奏で通すとは珍しい。それ以上に、私がこの夜の演奏を取りあげた理由は3曲がそれぞれに新鮮な情趣や聴きどころをもっていて、いつにないフレッシュな面白さを感じたからだ。そこには一口に言って明治風モダンとでもいうべき開明的雰囲気が横溢しており、その調べや歌詞の行間に漂う一種の流麗さや開放感に明日の新時代への希望が情景描写から浮きうきとしたタッチで躍動しているように見える。調べが弾んでいるのだ。初体験だったせいかもしれないが、明治の箏曲には昭和の宮城道雄や中能島欣一を生む土壌や下地があるのでは、と思ったりした。
 これら3曲はどれも手数が多い。加えて手事(てごと)は聴きごたえ充分で映える。たとえば「明治松竹梅」では梅を詠んだ和歌の間に手事が入るのだが、その手事にマクラとチラシがつく念の入れよう。箏と尺八の技巧を華やかに彩る演奏家の腕試し的な手事にも、明治らしい洒落っ気や華やぎが躍るように顔をだす。
「秋の言の葉」と三ツ橋勾当の「松竹梅」を念頭においたかのような「明治松竹梅」の明治モダンに較べると、「楓の花」はオーソドックス。だが、演奏者のテクニックを前面に押し出したプレイを期待するような長い手事は、丁々発止の合奏と3者の協奏の魅力で聴く者を魅了する。本手の藤井昭子、替手の奥田雅楽之一(おくだうたのいち)、尺八の田辺頌山の微笑ましい熱演が印象的だった。ちなみに、「秋の言の葉」は藤井昭子と田辺頌山のダイアローグ。手慣れたコンビらしく「明治松竹梅」での藤井と渡辺明子の演奏は姉妹みたいでノリがいい。妹の姉弟子への気遣いがほの見える。それにしても、本手(藤井昭子)の調子(替手はオーソドックスな雲井調子)が何やら一風変わっているのだが、そのせいで華やいだニュアンスがいっそう曲調を鼓舞しているような面白さを堪能することができた。
 プログラムの解説文にある「歌を中心に、三弦と箏とが互いに独自性を保ちながら、それぞれの魅力を尊重しつつ共存していた時代から、やがて箏に比重が置かれる時代へと推移してきた」(谷垣内和子)歴史的流れが、納得できる一夜でもあった。また、藤井昭子はとりわけ最近、声に張りや伸びが出てきたように感じられ、色艶のいい声音が明治を彩るこの夜の演目にいっそう映えて印象的だった。(2013年4月3日記)
参考リンク:
http://japan.japo-net.or.jp/event/2013/04/01/jiutalive_63.shtml

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